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スピリチュアルにおける選民意識・選民思想を考える

スピリチュアルにおける選民意識・選民思想を考える

スピリチュアルな業界ではよく、選民思想、選民意識に気をつけようと言われることが増えてきました。

しかし、本当に選民思想や選民意識は危険なのでしょうか。今回はスピリチュアルと選民思想について深く考察していきます。

選民意識・選民思想とはなにか

選民とは「神に選ばれた民族」のことを指します。主にユダヤ教を信仰するユダヤ民族が自分たちを指して言う言葉です。

選民思想とは、神に選ばれた民族である自分たちが、他民族を導く使命をもつという思想のことです。迫害されてきたユダヤ民族が、今なお世界で活躍し続けているのはこの思想があるからとも言われています。

そして、選民意識とは、これらをより現代に落とし込んだ言葉で「自分は選ばれた特別な存在だからと、他者を見下したり排除したりする考え方」のことです。

SNSで他者とのつながりが容易にできてしまう世界だからこそ、マウントという言葉が流行りましたし、自分は上なのか下なのかという評価基準を外部に求めてしまう人も増えてきたと思われます。

そんな中、スピリチュアルでも選民意識が危険と言われていますが本当でしょうか。

自分は選ばれた特別な存在という考え方が世界を変えてきた

「選民意識がうざい」と感じる人は多いようですが、「自分は選ばれた特別な存在」という考え方が私たちの世界を大きく変えたことは紛れもない事実です。

例えば、ユダヤ教の改革運動を続けていたイエスは自分が神の使いであると言って、信者を集め、今では歴史上最も有名な教えの一つにまで語り継がれています。

これは、傍から見れば「私はチャネリングで神と繋がることができる」と言っているスピリチュアリストや宗教家の人たちと変わらないと思いませんか。

人類史上最大の犯罪とも言われるホロコーストを乗り越え、今なお世界中に影響を与え続けているユダヤ民族を支えてきたのも選民思想のおかげと言われています。

そして、忘れてはいけないのは、日本の国土とそこにあるすべてのものは、神々によって生成され、護られているという神国思想もまた、選民思想です。実際、神武天皇が日本国を造ったと私たちは認識しているわけですから、このように無意識のうちに神が日本を造ったと考えている人は多いのではないでしょうか。

このように、自分は特別な人間であると思い込むことは、私たちに強い力を与えてくれます。

問題は他者を見下す行為

しかし、自分は特別だから他の人よりも優れているという考え方になってしまうと、同時に他者の上に立つことになってしまうので、周りの人を自然と見下す形になります。こういったスタンスは柔軟性に欠け、謙虚さを欠くことになるでしょう。

選民思想においても、自分は特別な民族だからと、その文化以外に対して否定的になってしまう人がいますよね。例えば手で食事を食べる文化を汚いと考えたり、食事の際に立て膝をするマナーを悪いと思ってしまったりと、日本文化という価値観でしか物事を見れない人がいます。

多くの場合、これらは偏見から行動している人たちで、限定的に教えられたことに影響されているのです。

しかし、人々が異文化を意識するようになると、どの文化にも独自の価値観や信念があることを認識し、その違いを尊重することが大切になってきます。

他者を見下すという行為は、相手を批判したりジャッジしたり、ひどいと軽蔑につながり、人間関係にダメージを与えることもあります。相手を不快にさせてしまいますし、自分も常に上下関係の評価の土俵に立つことになるので、理想的な精神状態でいることは難しくなるでしょう。

では、選民意識の良いところだけつまむような形の解決策はないのでしょうか。

上も下も、良い悪いもない世界「区別」だけするという考え方

あからさまに他者を見下してくるような選民意識を持っている人からは、距離をおいたほうがいいでしょうが、そうでない場合、例えば「自分は特別である」とただアピールしているだけの人に対して、「選民的な意識でうざい」と感じてしまう人は、実は自分自身が上下関係で人間関係を見てしまっている可能性があります。

「選民意識を持ってるこの人、うざい」という選民意識を自分が持ってしまっている状態に気づけてない人もいるのです。

このような思考に陥らないようにする対処法は、ただ区別するだけです。

「自分は選ばれた特別な存在」ですという人がいたとして、あなたを攻撃してきた場合を除いて、その人は上でも下でもなく、ただ「なにかに選ばれた特別な存在であると主張している人」として認識するのです。

「なにかに選ばれた特別な存在と主張している人」と「あなた」という構図が出来上がり、そこには上下関係もありません。

自分が特別であるという考え方を持つことは、決して悪いことではありませんよね。

ただし、そういった自意識と承認欲求がエスカレートするあまり、他人を見下すという行為につながってしまうのです。

他人を見下してくるような人たちは自然と人が離れていくので、そっと距離を置けばよいのです。

「なにかに選ばれた特別な存在と主張していて、自分を見下してきている人」と「あなた」という対等な関係をイメージの中で作り出せば、相手は見下そうとしても自分は同じラインにいると思えば攻撃もうけません。

決して、自分の上や下に入ってこれないように境界線を引くのです。

まとめ

自分自身に境界線を設けることは処世術として、非常に有効です。

相手が上下関係のある行動を取り続けるようであれば、その状況や関係から完全に離れた方がよいかもしれません。

自分の精神的、感情的な健康は、どんな人間関係よりも重要であることを忘れないようにしましょう。

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