観音様がついている人の特徴!観音様は厳しい?会いに行く方法

観音様がついている人の特徴!観音様は厳しい?会いに行く方法

この記事では観音様がついている人の特徴を解説します。

観音様がついていて、導かれている人には特徴や行動にパターンがあるそうです。スピリチュアルな視点と歴史を織り交ぜながら考察していきます。

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観音様について解説 

観音様はどこにいらっしゃるのでしょうか。

お寺に仏像として座っていらっしゃいます。お寺はインドの仏陀が始めた仏教を説くところです。紀元前5世紀から続く仏教。

お寺、仏教、観音様は現代の文明とは全く異質の存在として日本の街中にもお寺が沢山ありますが、確実にそこに存在しています。

現在は21世紀。永遠に続く仏教と言っても過言ではありません。日本はアジアに位置しますので仏教圏内という事になります。

日本における仏教には宗派があり、真言宗、日蓮宗、天台宗、法相宗など13宗の宗派が良く知られています。ご先祖のお墓がどの宗派のお寺の檀家なのかに拠っても自分の宗派を知る事は出来ます。

この様にお寺に行く事は誰にもあります。そこには観音様が座って人々を迎えてくれます。苦しい事から救ってくれようと待っていてくれるのが観音様です。

仏教を始めた仏陀を表しているのが観音様とも言われています。お寺の観音様に会った時、何故か救われた気持ちになる筈です。

紀元前から続く仏教。現代は21世紀。永遠に続く仏教と言っても過言ではありません。どんなに文明が発展しようが観音様は変わらず人々を見守り導いてくれます。

街中には変わらず存在するお寺を見る機会も多いと思いますが、大きな力を持っていると思わざるを得ません。観音様に会いにお寺に行ってみたくなりませんか。

観音様に会いに行ってみましょう。

パワースポットでもあるお寺に参拝してみましょう。

お寺に参拝する時に覚えておきたいマナーをご紹介します。
まずお寺に入る時は門の前で一礼します。

手水舎に進みます。そして一礼しまず左手に水をかけます。
両手を清めたら、次に口に水を含みすすぎます。左手で水を口に持っていくのが正しいルールです。

そして左手にも再度水で洗い流します。
柄杓は両手で持ち、持つ部分にも水を流します。

最後に一礼をして手水舎を後にします。

鐘をつく事が出来るお寺もある様です。音はバイブレーション(振動)であり異次元に伝わると言われています。

お線香の煙を頭や手に浴びる事が出来る場所をご存知でしょうか。香閣(こうかく)と呼ばれる場所があります。

ここで焚かれているお線香の煙は体の不調を消し去ってくれると言われています。

この香閣があるお寺に行った時は是非このお線香の煙を浴びて体のお祓いもしましょう。
本堂に進むと、ロウソクとお線香をお供えしましょう。

ロウソクの火は自分で用意します。

但し、安全面からお寺に拠ってはロウソクとお線香をお供えしない所もあります。
いよいよ参拝します。

まず45度から90度に上半身を曲げて一礼します。お賽銭箱に静かに硬貨を入れます。鰐口を鳴らし、目を閉じて両手を合わせお願い事をします。

最後に一礼をします。

観音様がついている人の特徴

観音菩薩とは修行をしている途中の方です。

この修行を経て悟りを開いたのが釈迦という事になります。観音様のその姿は座って手を合わせて修行をしていらっしゃいます。

観音様に導かれている人というのは、修行をする事を好む人が多い様です。

怠慢な生活をする人が嫌いな人、「あのお洒落なレストランに行くなどまだまだだ。今の状態では行けない」と厳しく自身を律する人は観音様が付いていると見て良いでしょう。

良く勉強してきた人、厳しい受験勉強を経てきた人なども観音様に好かれるタイプです。

観音様とは修行をしている方です。同じ様に自身を律して生活している人は観音様を見習っていると言えるでしょう。それは無意識でしょうか。

自然と観音様に見込まれて誘導されているのかも知れません。そういう人は少しエキセントリックなところがあるかも知れません。他の人が豪華なお弁当を買って食べているが、そういう人はバナナ1本であったり、もしかするとスマートフォンでなくガラケーを持ち続けているのかも知れません。

修行中という身である事を忘れないからです。本人は修行をしている気はないのかも知れません。しかし観音様の話を聞けば気付く事になるでしょう。

生活や言動、行為が厳しい(ここでの厳しいとは、修行が元になっています。冷たいとか酷いとかそういう意味ではありません)人は観音様に誘導されていると考えて間違いないのかも知れません。窮地に陥った時はきっと観音様が修行仲間の1人と見なし、助けてくれるでしょう。

周りに「厳しい。この世の中は修行の連続だと思っている」と考えている人がいれば、観音様の事を話してあげて下さい。


またお母さんという存在も観音様に近いと言われています。

ご主人には厳しく、子供には優しくはあるが厳しく躾ける、お母さん自身は残り物を食べて子供やご主人に美味しい料理を作る傾向にあるなど、観音菩薩と言われる所以となっています。

自分を犠牲にしてでも子供の為に働き続ける、というお母さん。まさに修行中の観音様と同じ厳しさを伴っています。

何度も言いますが、厳しさとは修行中の厳しさという意味です。冷たいや酷い、の厳しさではありません。

観音様はパワースポットにいる。

パワースポットとかエネルギースポットと言われる場所にお寺があげられます。異次元への入り口、過去に戻れる、未来に通じる入り口がある、と言われています。

仏教を司るお寺。仏教は紀元前5年に仏陀が始めた教えです。今は紀元後21世紀です。

この時間の流れを思えば、2500年間変わらず存在しているお寺がパワースポットでないはずがありません。輪廻転生への入り口でもあるお寺。

そこに座って何もかも見ている観音様を見るだけでも、パワーを貰う事が出来ます。時間の流れを目撃する事は事実でしょう。

お金を求められない聖地

家に閉じこもっている事も多い昨今ですが、お寺への参拝は特別行為です。病気や怪我、心配事があれば、お寺にお願い事をしに出掛けましょう。

自宅から近いお寺を見つけて観音様に会いに行きます。お賽銭用に少々のお金を持っていくだけです。1時間前後の場所にあるお寺であれば歩いて行くか自転車で行く事も出来ます。

勿論車で行けばより早く到着出来ますし、参拝した後は清々しい気分でドライブに行く事も出来ます。

そこには紀元前から続く仏教の流れを直接受ける事が出来ます。

願い事をするだけでなく、悩んでいる事、考え事をしている事などがあればお寺に入り参拝し観音様を見ているだけでも閃きが起こったりします。

お寺には特別なパワーがあるのはご存知の通りです。

家にいて食べ過ぎたり、お菓子を食べたくなる時はお寺に行ってみてはいかがでしょうか。お寺に向かう事も修行の一つと捉える事は出来ないでしょうか。

ダイエット中の人、健康の為に運動しなければならない人、聞くところに拠ると中国人は気持ちが落ち着かなくなったり悩んだりし始めた時は歩き回るそうです。

お寺に救いを求めて歩くのは心身共に良い習慣だと思います。人は何かしら悩みを持っています。小さな悩み、大きな悩み、気にしなくても良い様な事もあるでしょう。

決断力が働かない時、お寺に行き観音様に会いに行きましょう。後日、きっと良い事が現れる様になるでしょう。気持ちの持ち様はそのまま具現化します。お寺の自然、観音様の優しい表情、お寺全体が力を持っています。

観音様がついている人の行動。

男性でも女性でも自分に厳しく、例えば「一緒に行かない?」「食べない?」と誘っても頑に首を横に振る人がいます。聞けば「交通費が勿体ない」「食べたくない」理由は「今は食べたくない」という事です。

今自分が何をすべきか、何をすべきではないのか、を選んで行動しているのでしょう。お金との兼ね合い、その行為は不真面目だと判断した時、自分の趣味とは違う、今はお酒を飲む気分ではない、などと厳しく自分を律する人がいますが、こういう人は観音様がついていると言えるでしょう。

観音様が見守ってくれていると言った方が適切なのかも知れません。観音様が目をかけてくれているという事です。何か不真面目な印象があったり、人に迷惑な言動や行動が目立つ人は観音様は全く関係ないでしょう。


修行中であるかどうかが着眼点となります。観音様とは修行中の菩薩という事を忘れないで下さい。そうすれば観音様と人々との繋がりが見えてきます。

まとめ

研究家の間では観音様は男性であるという説と女性であるという説がある様です。日本では「観音様の様な女性」「観音様から母の様な優しい女性」と表現する事が良くあります。

「観音様が優しく見下ろしていた」という夢を見た人もいます。やはり観音様は女性であるという説が人々の間には既に浸透しています。

女性であればそんな観音様について一度は注目する時があると思いますし、また改めて観音様について考えてみるのも良いのではないでしょうか。

人々から慕われている観音様。修行で一生を終えた厳しさの権化の様な観音様。

厳しい修行をしながらも人々への慈悲の気持ちと「安泰な道ばかり歩いていると後で苦労する時が来ても対応出来ませんよ。

苦行を積みながら歩いていきなさい」と叱咤激励をしてくれる観音様。

観音様がついている人は楽な道は選びません。楽をしようとする人に観音様はついていません。人が困っていれば手助けをする、困るのが目に見えている人を放置する事をせずにアドバイスを伝える、この様な人は観音様に導かれて生きている人達です。

現代では「人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが実際にその様な人も少なくありません。この様な人は自分には優しく人に厳しい人です。

観音様はどういう方だったでしょうか。苦行の中で目覚めた方です。

観音様がついている人というのは、そのメカニズムも分かりました。
少しだらけた生活をしているな、何か幸運な道とは外れているな、苦行とは程遠い事をしているなと思う人は観音様に会いにお寺に参拝してみてはいかがでしょうか。

観音様は真理を追及し人の道を正しく歩む事で宇宙と一体化した方です。

この世の中は2次元とも3次元とも言われています。

この3次元の世界を苦行に拠って理解し次の次元に移られたがその証拠として観音像としてこの世の中にその存在を残してくれています。

この事実を見れば、観音様がこの3次元の世界に存在を示す事で人々に後に続く様に、或は苦行に拠って得た解脱を後世の人達に役立つ様に、という意味で菩薩像として人々の前に姿を表しているのだという以外には考えられないのではないでしょうか。

観音様につかれている人はお寺に良く行く人達でしょうか。それもあると思います。しかし常日頃から厳しい苦行を課している人はいます。

特にお寺に行っている様子もない人ですが、観音様に見込まれている人でしょうか。

元々観音様に近いタイプの人なのでしょうか。観音様信仰は最近始まったものではなく紀元前5世紀から世界的に、特にアジア圏ですが、変わらず永遠に続いてきたものです。何故でしょうか。観音様は人類が存在する以上存在し続けると思います。

観音様は苦行に拠って解脱した方だからです。魂の世界とこの物質世界を行き来出来る存在だからです。この世にも現れ人々を見守り指導をしているはずです。


そうでなければ紀元前5世紀から紀元後21世紀である現代に渡り、変わらず同じ場所に座っている事が出来るはずもありません。

観音様の後に続き苦行し解脱に成功した人が世界中に散らばっているのです。日本でも観音様がついている人の存在は信じられています。

「あの人は観音様がついている」「観音様の夢を見た」実際にこういう事を言う人に会った事がある人も多いのではないでしょうか。次元を超えて存在する観音様はどこにも現れます。苦しい思いをしている人がいれば寄り添ってくれます。

その苦行を自ら乗り越えようとしている人がいれば何とか乗り越えられる様に導いてくれるでしょう。苦しい思いをしている人がいれば見守ってくれるでしょう。

乗り越える事が出来るかどうか。きっと乗り越える事が出来るはずです。観音様は苦行の人生でした。苦行のまっただ中にいる人がいれば、必ず観音様は現れて目には見えなくても夢の中に出て来たり、或はその人の家族や友人等を通して励ましてくれるはずです。

身の上に起こる苦しい体験は苦行そのものです。観音様が苦行をした様に苦行として受け止め乗り越える事、乗り越えられなくて苦痛に瀕した時は自分を励まし何とか歩き始めて下さい。観音様は見守ってくれます。

そして最後に観音様は苦行を続けて解脱した存在です。苦行を常とする人は観音様の弟子と言っても過言ではないでしょう。観音様に導かれて同じ様に自分を律しこの世の中で苦行しかしていないのではないかと思われる程に厳しい人格を持っているはずです。

どこか現世から離れた場所にいる様な物質世界に生きていますがある瞬間物質を超越した態度を取るなど、自分に今は必要ない、行きたくない、今は貰わなくても良い、など遠慮ではなく、自分自身と相談し決めているかの様な人です。この様な人は苦行をしていると見て良いでしょう。

観音様がついているという人はこの様な人です。

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