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死んだら死んだ人に会える?死ななくても会う方法はあるの?

死んだら死んだ人に会える?死ななくても会う方法はあるの?

「死」について皆さんはどの様な考えをお持ちでしょうか。死後の世界を信じる方、信じない方。輪廻転生を信じる方、信じない方。その他にもたくさんの考え方を皆さんがそれぞれお持ちだと思います

宗教や思想などの違いによって「死」については千差万別、無数の考え方がありますが現時点では明確な正解は存在していないと言ってよいでしょう。

人は死んでしまったらもう二度と会うことはできない。理解はしていても、もし大切な人が亡くなってしまった時「会いたい」と思う人は多いはずです。

2002年に公開された「黄泉がえり」という映画の題材にもなりました。映画内では期間限定で限られた時間ではありますが、死者が想い人の前に姿を現しお互いに想いを伝えあうことができました。

最後は蘇ることができる期間が過ぎてしまい、死者は光の粒となって消えてしまいましたがとても感動する作品でした。

この記事では、映画などフィクションの世界ではなくスピリチュアルの側面から「死んだ人に会えるのか」というテーマでお話をしていきたいと思います。

自分が死んだら死んだ人に会える?

手

この題材をお話するにはまず前提条件を考えなくてはなりません。

現代医学や科学の側面から考えれば死後の世界というものは存在していませんので、必然的に死後は無になり死んだ人に会うということもあり得ません。

一方で宗教やスピリチュアルの側面から考えると「あの世」と呼ばれる死後の世界は存在しています。

ここからは前提としてスピリチュアルの側面からお話を進めていきます。

死後の世界には一般的に「天国」と「地獄」の2つの場所があるとされています。

地獄にいる間は孤独となるため想い人と出会うことは叶わないため、自らが死んだあとに死者に会うためには天国(仏教では極楽浄土)に行くしかありません。

仏教の教えでは「不殺生」「不妄言」「不倫盗」「不邪淫」「不飲酒」の五戒をひとつでも破ると地獄に送られると説かれていますが、スピリチュアルの世界では生前の想いや意識が重要であると考えられています。

生前からご先祖様を敬い手を合わせていると死後ご先祖様が迎えにきてくださり天国にいる想い人の元へと導いてくださるというお話も存在しています。

人は死んだらどこに行くの?

空を見上げる

我々日本人には古来より仏教の教えに基づく死生観が根付いています。

仏教をはじめとする多くの宗教の教えでは、肉体としての生命は「死」という形で最後を迎えても、霊魂は死後の世界へと引き継がれ存在し続けるという死生観が説かれています。

さらに日本には古来より輪廻転生という考え方も定着しており、死後の世界に存在する霊魂はいずれ使命を宿し新たな「いのち」として現世に産まれ出てくるとも言われています。

もちろん人は死んでしまったらそこまで、そこから先は無になるという考え方もありますので、ここでは明確な回答はできません。

しかしいずれも信仰する宗教であったり死に対する概念の違いが起因となるため、やはり生前の「意識」が大きく関わってくるのではないでしょうか。

今いる世界に明確な答えがない以上、それぞれが持つ深層意識が各人に対する解答になるのです。

死後の世界について

死後の世界

皆さんは死後の世界についてどの様な考えをお持ちでしょうか。

キリスト教では天国や地獄、仏教では極楽浄土や六道などに魂が導かれると考えられています。中には死後の世界なんて存在しないと考えている方もいらっしゃると思います。

科学的観点では死後の世界なんてものは存在していないと言われますが、スピリチュアルの世界や宗教的観点から言えば「あの世」死後の世界は確実に存在しています。

前世の行いによって故人の霊魂の行きつく先はそれぞれ異なると考えられていますが、全て一様にあの世へと導かれていくのです。

仏教ではその後「輪廻転生」の教えにあるように、新たな宿命を背負って再び現世に生れ落ちると考えられています。

亡くなった人はどこにいるのか

天使

大切だった人。亡くなってしまったあなたの想い人はどこにいるのでしょうか。

仏教の世界では亡くなってから49日間は故人の霊魂は現世を漂っており、四十九日の供養を行うことで故人の魂を次の世に送り出せると考えられています。

そこから輪廻転生や解脱などの段階へと進んでいきます。

スピリチュアルの世界には守護霊という考え方が存在しています。特別な波動を持ち特殊な力を宿す方の中には実際に守護霊を見ることができ、意思疎通を図れる方もいます。

守護霊とは、力の大小は様々ですが全ての人にそれぞれ寄り添っておられ、その生き様を見守ってくださっている存在のことです。

力の大きさは本人の信仰心や波動の高さに比例していると言われていますが、守護霊の多くはご先祖様であったり、何かしらの所縁のある人物の魂なのです。

亡くなった方を大切に想い続け、波動が高まり同調できた時、あなたの魂とリンクし守護霊としてあなたのそばに降りて寄り添ってくださるのです。

死んだら自分の意識はどうなる

天使

死んでしまったら自分の今持っている意識はどうなってしまうのでしょうか。肉体の死と共に暗い闇の中に溶けてなくなってしまうのでしょうか。

スピリチュアルの世界では人間の意識にはとても強大なパワーが宿っていると考えられており、肉体が消滅しても意識は形を変え、認識を変え存在し続け現世に影響を与え続けていくものと言われています。

代表的なものとして前述の「守護霊」が挙げられます。生前に波動の高かった魂は意識とも強いリンクを持っており、死という肉体の消滅の後も強い「意識」は守護霊へと形を変え現世に残る人に寄り添い続けます。

死んだ人に会える場所がある?

スピリチュアル

日本各地にはパワースポットと同じように神話などに由来した「あの世への入口」や「あの世との境界」と呼ばれる場所、霊魂が集まりやすいと言われる霊峰が各地に存在しています。

ここでは既に有名になっている場所を厳選して紹介していきます。

はじめに、注意していただきたいのですが下記に紹介する場所は既に有名になっており、観光地化している場所もありますがいずれも本当にあの世と現世の境界と考えられている土地ですので、気の流れが不安定になっていたり、波動が影響を受けてしまう場合もあります。

決して遊び半分で赴くことのないように気を付けてください。

① 「恐山」

恐山

青森県にある日本三大霊場のひとつです。宇曽利山湖の周りにある8つの山を総称して恐山と呼ぶそうです。

この湖は酸性成分が極端に強く生物がほとんど生息できないため、異様な静けさに包まれています。

また岩場からは噴気が出ており硫黄の臭いも立ち込めており、現代の賑やかな街からは隔絶されたような雰囲気となっています。

さらに恐山には死者の霊魂を呼び寄せる、「口寄せ」を行使できるイタコと呼ばれる人々が存在しており、あの世との境界であることを裏付けています。

② 「黄泉比良坂」

黄泉比良坂

島根県松江市にある、黄泉の国(あの世)と現世の境界と考えられている場所です。

黄泉比良坂は古代出雲神話にも登場しており、イザナギが最愛の妻イザナミを想い黄泉の国を訪れるのですが、その入り口が黄泉比良坂であると言い伝えられています。

現地には伝承地であることを示す石碑があり、細い林道を進んでいくと鳥居の様な石柱が現れます。

この石柱が実際の境界線の役割を果たしていると考えられており、一歩踏み入れるとその先はあの世へと続いているため、亡くなった人の霊魂に触れることができるかもしれません。

死んだ人と話す方法

電話する女性

亡くなってしまった大切な人ともう一度お話したい、想いを伝えたい。そんな気持ちを心に秘めている方は実は多いのではないでしょうか。

霊感とは無縁の人が普段の生活の中で霊魂などに触れ、死者の魂と会話することはかなり難易度が高いです。不可能と言っても過言ではありません。

そこでおすすめするのは、特殊な波動を持ち霊魂を引き寄せる星の下に存在している人達の力を借りることです。

「死んだ人に会える場所がある?」の章で恐山の紹介をしましたが、昔から恐山には「イタコ」と呼ばれる口寄せの力を行使できる人がおり、人数は激減してしまいましたが現在も活動をしておられる方もいるようです。

そもそも口寄せとは霊魂を自らの身体に降霊させ、死者の代わりにその想いなどを語ることができる特殊能力のことです。他者の口を通してですが亡くなってしまった人の想いを聞くことができるのです。

しかし、いくら大切だった人の想いを聞きたいとはいえ青森の山奥まで足を運ぶのはかなりハードルが高いと思います。そんな時に是非利用してもらいたいのが電話占いなどの遠隔占いです。

対面で顔も見えない占い師では胡散臭いと感じ、利用するのをためらう方もいらっしゃると思います。

しかし口寄せなどの特殊能力を持つ人々は、生年月日や命日などの様々な情報から波動を同調させることができ、降霊させることができるのです。

電話だから、顔が見えないから、などと侮らず亡き人を想い真剣な気持ちで利用してみてください。声だけ、文字だけかもしれませんが必ずやあなたの力となってくれるはずです。

死生観にまつわる素敵な考え方5つ

① 「輪廻転生」

宇宙

輪廻転生とは主に仏教の教えとされる考え方です。輪廻の考え方はヒンドゥー教などにもありますが、ここでは仏教での輪廻転生についてお話していきます。

簡単に説明すると、人間が死んだ後あの世に還った霊魂が新たな宿命を背負い、再びこの世に生まれ変わってくることを「輪廻転生」と言います。

永遠の未来へと続く道の上で生まれ変わり、死に変わりを繰り返し車輪が回って果てがない様子を表しています。

肉体が死を迎えても魂や意識は果て無く続いていくという素敵な考え方です。

② 「解脱」

悟りを開く

解脱とはヒンドゥー教や仏教などで用いられる言葉で、現世の苦しみから解き放たれて自由の境地へと達することを意味しています。

仏教では「悟りを開く」とも言われています。①で輪廻転生を紹介しましたが、この「解脱」は輪廻転生の輪から外れることを指します。

輪廻転生は前世でやり残したことを新たに宿命として背負って生まれ変わった姿で取り組むのですが、解脱はこの宿命や業から解放されることを指します。

③ 「浄土宗・浄土真宗の教え」

ご来光

仏教の中でも浄土宗・浄土真宗の2つの宗派の教えは、人の死後は極楽浄土に行くことができると説かれています。

浄土宗では宗派の教えを守った人は死後、阿弥陀如来様が迎えに来てくれて極楽浄土に導いてくださると言われています。

極楽浄土とはいわゆる天国のことですから、信仰を続ければ最後は天国に導いてくださるという素晴らしい教えです。

④ 「高野山真言宗の教え」

仏像

高野山真言宗の教えの中に「即身成仏」というものがあります。これは現世に生きている内に悟りを開くことで生きながらにして仏に成るということです。

そして即身成仏した人が亡くなると弥勒菩薩様と空海様が迎えに来てくれて、その導きによって生まれ変わることができるとされています。

また、高野山真言宗の教えの中には残された家族が四十九日の供養まで真心を込めて故人を想うことで、魂は安らぎを得ることができるという考え方もあり、家族の想いや絆を感じさせる素敵な教えです。

⑤ 「命は授かりもの」

赤ちゃんを抱いた天使

「命は授かりもの」これはキリスト教などの神教に共通している死生観です。

死後の世界の有無や魂の行方などの死んだ後の考え方は様々な考察があるようですが、神教の中で一貫していることは命は神様から授かっているもので、自分たちは神様に生かされているという考え方です。

授かった命を無駄にすることのないようにそれぞれが懸命に生きていくことを説く素敵な考え方です。

まとめ

宇宙と人間

皆さん、いかがでしたでしょうか。この記事では「死んだら死んだ人に会える?死ななくても会う方法はあるの?」をテーマに、いわゆる死生観についてお話してきました。

死生観については明確な正解は存在しておらず、個人の主義思想や宗教の違いなど様々な要因で千差万別な考え方があると思います。

正解がない以上「信じる者は救われる」という言葉の通り、自身が信じている考え方を信仰し想い続けることが人々に共通してできる最善の行動ではないでしょうか。

死後の世界を信じ降霊術を信じる方は、恐山のイタコに会いに行くのも良いと思いますし、手ごろな所から電話占いやチャット占いなどを利用するのも良いと思います。

どの様な形であれ信仰心や亡き人を想う心が重要になります。

明確な正解が存在していないということは、裏を返せば全ての考え方が正解になり得る可能性を表しているのです。

己の中に生きていく上で基準となるブレない軸をつくり、信仰を忘れず波動を高めていくことで、自らの手で正解を導き出すことができるのではないでしょうか。

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