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恋愛に興味がなくなったスピリチュアル意味を解説!

恋愛に興味がなくなったスピリチュアル意味を解説!

人にとって恋愛とは、内面と外見の両面を輝かせるスパイスのようなもの。誰かを求めたり、誰かに求められることは、「生きていることの喜び」を感じることができます。

ですがあなたが突然、恋愛に興味がなくなったとしたら、あなたとあなたの人生から輝きが失われてしまうのでしょうか?

いいえ、そんなことはありません。恋愛は、他者の存在があってこそ成立しますが、他者は思い通りに動く存在ではありませんし、あなた自身も誰かにとっては同じ。

今回は恋愛が興味がなくなった時、あなたにどのような変化が起きているのかをスピリチュアルな観点から考えてみたいと思います。

今回のお話は、

あなたがあなたを労り、受け入れ、肯定する「自愛」が、損得感情や条件付きの愛着行動、周囲からの期待や刷り込みなどからあなたを解放する。

という誰もが内面で抱えている大切なお話となっていますので、是非最後までお付き合いくださいね。

あなたが恋愛に興味がなくなった時、あなたは自分自身に何を与えますか?

悩む女性

結論から言いますと、あなたが恋愛に興味がなくなった理由は、「他者に期待しない」という気持ちになったからです。言い換えると、

  • 誰かに与えてもらわなければいけない
  • 誰かに必要とされないといけない

などといった強迫観念や思い込みが外れること。もっと言えば、あなたが

  • 誰かに思い通りに動いて欲しい
  • 誰かのために自分自身を犠牲にすることを止めよう

などという気持ちになった、と言えるでしょう。

それは単に、人に興味が無くなった、だとか、恋愛に時間や労力を割くことがバカバカしい、ということではなく、「今私は何をすべきか?」という心の強い衝動を自覚し、意識を外ではなく、内に向けているようになった証拠です。

先ほどお伝えした「他者に期待しなくなった」という表現は、不毛で自分本位な期待によって、自分自身や他者を振り回すことを止めることで、本来あなたがしたいことに目を向けることを促します。

そう、あなたの心の中には「もっと自分自身を愛したいという気持ち」が強くなった、ということです。

人生は、今日という日、今という時間の積み重ねですが、過去の経験や記憶に基づき、似たような行動や意志決定、選択が導かれます。

ですが人生とは面白いもので、それまで積み上げたものを崩したくなったり、今まで試したことがないことに憧れてみたり、生活や環境を一新したくなったりします。

それはあなたが十分同じ経験をし、新しい方向性を求めているからです。恋愛は確かに日々に活気をもたらしてくれますが、自分自身がしっかりしていないと相手任せになったり、相手の言いなりになったり、またその逆も然り。

もしあなたが恋愛に興味がなくなったとしたら、それは少し先の未来で「もっと素晴らしい恋愛を経験するための小休止」であり、自分自身を磨く自愛の時間といえるでしょう。

スピリチュアルと恋愛の関係性

スピリチュアル祈る
スピリチュアルとは…

世俗的には「目に言えないこと」に関するあらゆることを指し、大変曖昧な概念・定義。

今回のお話では、スピリチュアル/スピリチュアリティを「魂」や「神秘性」に関する働きや作用、法則と定義しましょう。

身体/肉体は目に見える物体で、ある程度コントロールが利きますが、心や感情は目に見えず、反射的に生まれる感情や情緒はトラブルを起こす原因になるほどの危うさを持っています。

心や感情さえ扱いが難しいのですが、「魂」という概念は、抽象的で、雲を掴むようですね。「有るけれど無いような存在」を立証(肯定)することはできませんが、その存在を否定することもできません。

ですが私たちの人生や日々がそれぞれ違うように、私たちには人生に「何か特別な働き」が作用している、と考えずにはいられないのではないでしょうか?

スピリチュアルとは単に、「不思議なこと」や「不可解なこと」ではなく、私たちの人生全般やこの世を裏で支えている働きです。

私たちはどこまでいっても、主観的な生き物であると同時に、情動的な生き物です。恋愛は縁がある他者との特別な関係性と、人生経験の素材になります。

恋愛に発展するまでの工夫や労力、努力は必要となりますので、部屋に籠っていたままでは、誰かと出会うことは大変困難ですので、私たちが自分の魂の成長を促すためには、それなりの勇気と行動力が必要となることは言うまでもありません。

現代では、恋愛の形は様々ですので、男女に限ったことではありませんが、その傾向は未だ強いことは確かです。そこでスピリチュアルと恋愛、性的エネルギーなどについて少し触れておきたいと思います。

男性性と女性性

別れた男女

スピリチュアル的なことに関心が強い方は、男性性と女性性のエネルギーの両方が備わっているということは見聞きしたことがあると思います。

男性性と女性性のエネルギーを分かりやすく例えるなら、男性ホルモンと女性ホルモンです。男女ともに、体内では両方のホルモンが体内で分泌されますよね?

全く同じ原理というわけではないのですが、私たちは誰もが、両側面のエネルギーが備わっているということです。

  • 男性性のエネルギー…外に向ける意識のベクトル
  • 女性性のエネルギー…内に向ける意識のベクトル

これらの対称的なベクトルの違いは、

  • 積極性と消極性
  • 外延性(がいえんせい)と内包性

などというような態度や行動の源泉となるエネルギーです。ですから包容力の強い、大らかな男性も存在しますし、活発で、積極的な女性も存在するわけですね。

そしてあなたには、あなたにとっての丁度良い男性性と女性性のエネルギーのバランスがあり、そのバランスは、あなたがご自分との心地良い関係性によって整います。

性のエネルギー

カップル

「性的エネルギー」は単に繁殖行動のためにあるのではなく、「生きている実感」や「喜び」を実感し、経験するためにあります。

性的エネルギーを芸術で表現する人もいれば、料理を作る時に無意識で活用している人もいます。性とは「生の働き」、いわば「生命力」ということですね。

恋愛における性エネルギーとは

男女の性別や身体的特徴、心の性自認に関わらず、「他者の生命力と響き合う」ことで、より生命力が高まる。

ただ手を握ったり、ハグをするだけでストレスが軽減されたり、はたまた傍に座っているだけで活力が溢れてくるのは、目に見えない性(生)のエネルギーが作用しているからなんですね。

男性性が強い男性も女性も、女性性が強い女性も男性も、私たちがそれぞれに持つ「個性」です。

恋愛の始まりも発展も、形も十人十色ですが、「繋がっている」という事実や現実、関係性は、私たちの肉体と心、意識に特別な活力を与えます。

恋愛は決して楽しいことや喜ばしいことばかりではありませんが、他者のあらゆる面や行動を見聞きし、対処することによって、私たちはあらゆる影響を「特別な相手」から受け取っているんですね。

恋愛は害悪であるといった否定的・悲観的な意見ではありませんが、不健全な関係性や傾向というものがあります。性的エネルギーは肉体的(物質的)接触はもちろんのこと、精神的(心理的)な繋がりによって強化されます。

セックス依存症や恋愛依存相といったものは、何らかの犠牲や対価によって、一時的な快楽や充足感を満たしますが、心には「欠乏感」や「罪悪感」、「不信感」などが横たわっています。

「何事も経験」という言葉がありますが、自分自身を満たす健全な方法や手段を知らず、または模索することもせず、自分の肉体や心を害する行いの多くは、肉体と心の傷やトラウマ、心の葛藤になってしまいかねません。

ですからあなたが心から恋愛を望まなかったり、相手の気を引くことに疲れてしまったのなら、必ずご自分を労り、大切にすることを最優先にしてください。

心の経験値

私たちはどんなに理性を働かせようとも、不愉快な状況や環境に無限に我慢できるわけではありません。それは恋愛でも同様で、あなたとお相手の願望や意向は衝突しますし、すれ違うものです。

あなたが巷に溢れる恋愛マニュアルを熟読しても、実際に他者と関わることが無ければ、あなたの経験値は高まることはありませんし、誰かの経験値がそのまま参考にならないことも多いでしょう。

ただ私たちの心の動きには傾向があります。それを逆手に取って、意図的にあなたを利用したり、誘導しようとする人もいるかもしれません。

失恋や騙された経験によって、男性不信や女性不信、はたまた人間不信になることもあります。

ただどのような状況や関係性において、「信頼」と「愛情」に偽りや罪悪感があれば、あなた自身にもお相手にも良心の呵責が存在し続けます。

私たちの人生は、「心の旅」です。感情や情緒は、性の在り方と同様にグラデーションで、白黒つけることができません。

最初は好意だけであったとしても、徐々に嫉妬や寂しさが芽生えていくことはもちろん、敵意から恋心に反転し、深い愛情に発展することもあります。

人間が他の動物と大きく異なる点

単に子孫繁栄をし続けてきたわけではなく、心の経験値を与え合い、魂の成長を補い合う存在であるということ。

鉱物や植物、その他の動物が私たちよりも劣っている、ということではなく、備わっている学びや経験が異なる、ということ。

そこで、恋愛を通して心の経験値が得られ、魂の成長が促されるとしたら、恋愛に興味がなくなった時、魂はどのようなことを私たちに求めているのでしょうか?

「外から埋めること」を必要としなくなる

手をつなぐカップル

何度も繰り返しになりますが、恋愛は1人相撲ではありませんが、相手が必要になります。またその相手は、誰でもいいわけではなく、お互いに何らかの「縁」や「心が通い合う特別なもの」が必然的に必要になります。

「必要」という表現が適切かは分かりませんが、あらゆる影響を「与える」と「受け取る」際には相手が必要であることには確かです。

あなたの過去の恋愛経験/恋愛遍歴がどのようなものであったかと、はたまたあなたが持っている恋愛観と、「自愛」は見えないところで繋がっています。

むしろ「自分に無条件の愛を与えること」に関しては誰もが等しく持っている人生経験(課題/学び)です。ここで、シンプルで、且つ、深い質問をさせていただきます。

「あなたは自分の心に素直ですか?」

この質問に対して、「100%YES!!」と言える人も、「100%NO!!」と言える人も居ないかもしれません。

先ほど、「感情や情緒はグラデーション」という表現をしましたね。私たちの心は、数えきれないほどの感情や情緒に溢れ、心は常に海のように波打っています。

他者と特別な関係性を持っていることや、他者と生活を供にすることは、心を刺激する原因や素材を多く持つことになります。

なぜなら私たちは、誰もが自分の人生に自由と責任を持っていますが、人生に他者を引き入れることは、他者の自由と責任の影響を受けることになるからです。

さて、あなたが恋愛に興味がなくなる時、あなたの心は他者への興味関心や、知的・情緒的・性的な願望が損なわれている時です。ですがその分、あなたには目を背けられない人物が1人だけ居ます。

そう、あなた自身ですね。これまでの経験からの喜びや後悔、これからの未来への不安や期待はさておき、今のあなたは恋愛という、他者との関係性から手を引いている状態

他者に手を伸ばし、時間や労力を割いていた分、あなたにはたっぷりと余力があることになります。

もちろん1つ前の恋愛で手痛い経験をしたり、友人知人の状況を見聞きしたり、両親の関係性を直に目撃することで、あなたの恋愛への衝動が抑えられていることも考えられます。

それらを含めても、あなたが外側に向けていた意識は天井や畳みの木目を眺め続けるように彷徨い続けることはありません。

あなたの身体は、常にあなたに刺激と体感を自覚させますしあなたの心は、常にあなた自身と一体です。

あなたの意識が内側に向く時、あなたは他者に心を埋めてもらおうとするのではなく、

  • 自分で心を満たしてみる
  • 自分の心を探索してみる

などといった自給自足や成長・発展の意識が強まるでしょう。また誰かがあなたに言い寄ったとしても、あなたがご自分の心が見向きもしなければ、あなたにとっても、その人にとっても恋愛の「タイミング」ではないのでしょう。

恋愛を攻略的・演出的に楽しむことも心の経験値になり得ますが、あなたの魂が求め、心を満たすような神秘的な喜びにはなりません。

それでは、あなたが内側に意識を向ける時、「自愛」はどのように育っていくのか考えてみましょう。

生きることすべてに通う自愛

自愛とは?

今更ですが、「自愛」とは何か?について触れておきたいと思います。

自愛とは…

自分自身の一切合切を認めること

似た表現で、「自己愛」がありますが、ニュアンスも感覚も異なります。

自己愛性パーソナリティー障害やナルシシズムのように、「自分が好き過ぎる」という状態や態度、心の在り様は、「自我意識(エゴ)」の欲求を際限なく表現させます。

自我意識(エゴ)は、私たちが生まれる際に与えられた素養や可能性ですが、生まれ育ちの環境や、親や家族からのプレッシャーや要求、期待によって「個性的に」育ちます。

個性的に育った自我意識(エゴ)は、心理学用語でいうところの「コアビリーフ(Core Belief)」、つまり「確信している信念」や「価値基準」を心に形作ります。

ちなみに、自我意識(エゴ)や価値観に善悪も優劣もありません。ただそれらをどのように表現し、発揮し、他者や社会に影響を与えるか、においては、トラブルの元にもなり得ますし、逆にカリスマ性の土台にもなり得ます。

スピリチュアル的な観点から言えば、個性的な自我意識(エゴ)もコアビリーフも「魂の計画の一部(種)」といえるかもしれません。

なぜなら私たちが裸一貫で生まれてきたように、寿命を迎え、魂の世界に還る際には物質的なものは一切置いていかなければなりません。

人生を終える時、「人生に悔いは無い!!」と言える人生が望ましいものですが、誰もが思い通りの人生を歩めるとは限りません。

魂の成長は、心の経験値によって促され、私たちは常に自我意識(エゴ)や心、本能的欲求から物事を選択する存在です。

話が逸れてしまいましたが、

  • 自己愛…偏った愛情や条件付きの愛情
  • 自愛…自分自身を絶対肯定すること

認めること/肯定することは、事実や現実に対して、何の手心も加えないこと、つまり「ありのままにしておくこと」です。

「ありのまま」や「流れのまま」という言葉や表現を見聞きして、「甘やかし」や「放棄」のように捉え、危険ではないか?と思われるかもしれません。

ですが心に蓋をし、家族や他者の言いなりになり、自分を責め続けたり、否定し続けることの方がよっぽど危険です。

「ありのまま」を言い換えるなら「等身大」となりますが、脚色や偏見の無い眼差しで自分自身を認めることは、まるで半目を開けた仏さまのする行いのようなものかもしれません。

  • 目を瞑った瞑想…様々な妄想や記憶の反芻が起こる
  • 目を開けた瞑想…現実(時間)の流れを眺めている、現実的、且つ、精神的な状態

私たちの肉体や心が休まずに働き続けるように、私たちの自我意識(エゴ)は常に、自分自身の正義に適う答えを導こうと頑張り続けます。

「自愛」とは、等身大の、今この瞬間の自分自身を認める在り方であり、本来の自分と向き合うあらゆる行為や在り方、境地です。

あなたが自愛に目覚める時、あなたは、あなた自身に何かを要求したり、期待したりせず、今流れる時間と空間に存在することを体感し、生きていること自体の豊かさとあなたという存在が望まれて生かされている事実に辿り着くでしょう。

そういう意味では、あなたの自我意識(エゴ)や心に絶えず刺激を与える一切の情報や原因は、あなたが自分自身を満たす時間と空間を習慣的に確保し、その状態と在り方に慣れるまでは、障害となり得るでしょう。

なぜなら私たちは無意識のうちに、普段の意識状態や関係性に戻そうと身近な人に影響を与える存在だからです。

ある人にとって親は、世界で1番尊敬できる人かもしれませんし、はたまた、ドリームキラーやモンスターペアレントかもしれません。

ですからあなたが自愛に目覚める時、あなたは他者に対して、本質的に望まれない行為や介入はしなくなり、互いに心地良い距離感や空気感を作ろうとするはずです。

あなたが恋愛に興味がなくなる時、あなたは自分自身を労り、満たし、大切にし、何より、心に世俗的な刺激や高揚感ではなく、あなたの生命力を最も活発にし、栄養を与える素晴らしいタイミングといえるでしょう。

あなたがあなた自身から離れることができない、逃げることができないことは、決して「苦しい孤独」ではなく、「自分を愛することを感じられる孤独」です。

仕事や家庭、恋愛や結婚、旅や賭け事などには必ず光(表)の部分と闇(裏)の部分があります。

ましてや他者と深く、密接に関わる際には、他者の底無しの心や感情に影響されることを考えると、私たちは自分自身を満たす習慣や術を持ち、自愛の境地に触れることを経験していた方が自分自身はもちろん、身の回りのすべての人のためになります。

自愛に目覚め、ご自分で心を満たせるあなたが恋愛するのと、他者に依存的・被害者的なあなたが恋愛をするのとでは、あなたの恋愛偏差値や心の経験値の差はとてつもなく大きくなるでしょう。

自分を大切にすることがそんなに大事なのは分かったけれど、実際にどんなことをすればいいの?という声が聞こえてきそうなのですね。それでは、あなたがご自分の心を潤し、満たすことができる自愛の表現方法をご紹介します。

自愛とはどんな行為?

疑問

「自愛」や「無条件の愛」というと、仰々しく聞こえるかもしれませんね。

ですが肉体を持って物質世界に生きている私たちは、魂や心の声や願いを現実に反映させる際に、何も特別で神秘的な、または、儀式的なことをする必要があるわけではありません。

スピリチュアリズムとは…
  • 今を生きることを丁寧に行うこと
  • 今の私を幸せに導くこと

ここでの「今の私」とは、「世界や他者と繋がっている私」で、肉体的・物質的な、「自意識(エゴ)の私」ではありません。

私たちは個としての人生を送っていますが、スピリチュアルな観点から見ると、私たちの言動や心の在り方、生き方、他者や社会への働きかけはバタフライの如く、エネルギー的・波動的に影響力を持ちます。

話を「自愛の行い」に戻しますと、今のあなた自身が必要だと思うこと、今のあなた自身が望むことを素直に表現すること、その1つひとつの実現が、自愛の表現となります。

「実現」というと、遠大な計画や崇高な志が必要かもしれない…と思われるかもしれませんが、逆に「今を体感すること」に重点を置くことが必要です。

五感と心、日常と今この瞬間

私たちは、つい今日が昨日の連続した日と考えてしまい、過去の行いは、現在に決定的な影響力を持ち、不幸や災いは不運しか呼び込まない、と思ってしまいがちです。ですがそのようなことは単なる幻想でしかありません。

記憶と感情は密接に繋がり、私たちの自我意識(エゴ)と心は、過去や他者の概念や想念に縛られ、私たちが本来感じるはずの自由や安らぎといった境地から私たちを遠ざけてしまいます。

シンプルに言えば、過去のことを思い悩むこと(反芻)や、未だ起きていない未来を不安がることを止めることが大切です。もっと言えば、

  • 自我意識(エゴ)が連想・想起させる考え癖
  • 心にある思い癖から離れる瞬間を増やす

などが重要なのです。またまた難しいことを…と思われるかもしれませんが、案外そうでもありません。身体と心は密接に繋がっていますが、

  • 心…物理的・肉体的な行動を起こすことができない
  • 肉体…心理的・精神的な在り方そのものではない

ですから肉体的な動きと心の動きに気を配り、習慣的・固定的な言動を工夫してみましょう。

五感で感じられる豊かさ

肉体は寿命を迎えるまで働き続け、加齢とともにその機能は衰えていく一方ですが、その時々にできることは違っても、得られる体感はさほど変わりません。

ですから肉体が感じられる体感にいつもよりも意識を向けることが大切です。

自愛の具体的な例
  1. 鼻呼吸・全身呼吸を意識する
    →鼻呼吸をすることで、脳に酸素が届きやすくなります。また横になっている時や、直立している時、就寝の直前にあたかも全身で呼吸をしているイメージで呼吸をしましょう。
  2. 食事の時は、よく噛み、味をしっかりと味わう
    →テレビやPC、スマートフォンなどを観ながらではなく、食物の味や歯ごたえなどを感じながら食事をし、口腔内の働きや味覚を感じましょう。
  3. お風呂にゆったりと浸かる
    →アロマや入浴剤、塩と酒、音楽などを活用し、湯舟で解放感を全身で感じてください。身体を洗う時や、湯舟の中で身体を触りながら「ありがとう」とご自身を労わりましょう。
  4. 散歩や好きな運動をする
    →歩くことは全身運動ですし、好きな歌を口ずさみながら歩いたり、歩くことだけに集中する「歩く瞑想」をすることで血の巡りは良くなり、心の平穏が訪れます。もし好きな運動やトレーニングがあれば不定期でもいいですので、「ご自分へのご褒美」として楽しんでください。
  5. 身体のケア・ボディケア
    →軽いマッサージや指圧、精油を使ったボディケアで身体と向き合う時間を持ってください。あなたの身体の状態を1番よく知り、対処できるのはあなた自身ですので、「ご自分への労り」を楽しんでください。
  6. 手先を動かす
    →受動的・受け身で過ごす時間が多くなるほどに、私たちは能動的な行いが億劫になります。PCやスマートフォンの操作ではなく、実際に形作られていく作業をして手先からの刺激を楽しんでください。例)パズル、手芸、園芸、料理、畑、アウトドア作業etc
  7. 好きな人の声・話・歌を聴く
    →話や歌詞の内容も重要ですが、あなたが心地良いと思う声質や声音を聴き、周波数的に癒されることを楽しんでください。
  8. 植物に触れる・育てる
    →植物は外部環境の細部にまで反応する繊細な生き物で、あなたの声かけにもとても敏感です。散歩の途中に木々や花々に触れたり、定期的に同じ場所の植物に触れることはあなたのエネルギーの安定にも繋がります。もし植物を育てることが好きだったり、始めてみようと思われているなら、毎日声をかけてあげてください。
  9. 好きな景色を集める
    →PCやスマートフォンで画像を集めてもいいですし、写真に印刷したり、ポスターを買ったりして、あなたの家や部屋の環境に「あなたの好き」を増やしてください
  10. 好きな物を集める・置く
    →あなたが好きな物は、固有の形や色、周波数があり、あなたが愛情を向けられるものが多いほどにあなたの身の回りは心地の良い地場が形成されます。物を増やすにあたって、掃除と断捨離もセットで行いましょう。
  11. 好きなものを選ぶ
    →食べ物や身につけるもの、将来的に欲しいものを打算的・効率的に選ぶのではなく、本当に欲しいものを選ぶ癖をつけてください。「今できる範囲」ということが肝ですが、大切なことは「好きなものを自分に与えること」です
  12. 文字を書く
    →デジタル的な言語化作業は大変便利ですが、私たちは指を使って文字を書くことで、ストレス解消と思考と心の整理になりますので、日記や閃きノート、写経、文字を羅列するなどして心と向き合ったり、無心になったりする時間を持ってください。
  13. 瞑想や脱力する時間を持つ
    →目を瞑った瞑想や誘導瞑想、集団での瞑想は環境や他者との関係性に左右されますので、本当に心地が良い条件が必要ですのでご注意ください。半目を開け、一点を見続ける瞑想や、呼吸の数を数える「数息観」で無心の時間を持ちましょう。また横になったり、就寝前のリラックスした状態で一度全身に力を入れ、脱力し、鼻呼吸で身体が楽になる様子を感じてください。
  14. 好きな場所へ出向く
    →山や海、川など、あなたが好きな場所でリラックスし、家や自室とは違う地場やエネルギーを体感してください。
  15. 自分に感謝し、愛する言葉をかける
    →口に出してもいいですし、心の中でもいいですので、「ありがとう」や「お疲れさま」などの言葉がけをしてご自分との良い関係性を築いてください。抵抗がなければ「大好きだよ」や「愛しているよ」、もっと言えば「私は今のままで完全!」といった言葉であなた自身を肯定してください。肯定的な言葉がけは、心を通して意識の変容を起こしますので、リラックスしている時や入眠前、楽しい時に是非何度となく行ってください。

以上が、自愛の具体的な例ですが、日常生活で取り入れられるものばかりですね。自愛は、言ってみれば、どんな時や状態、行為の時にも見出すことができます。

ですが自愛は、勝手に与えられるものではありません。そういう意味では、自愛は「自発的な愛の育み」ですし、そのことをあなた自身が意識し、自覚することが大切になります。

こういった自愛の行いには、副作用が全くありません。それどころか自分にとっての最善を探そうと意識は働きますので、自愛の積み重ねと自愛の意識は、あなたの現実と人生を整えていきます。

これはポジティヴ思考や過度の楽観主義ではなく、「魂の視点」です。

魂の視点は…

あなただけが実現できる、現実創造における最善の肉体と心、そして意識の活用法

あなたが自愛の意識と行動を習慣化させることで、これまでお話してきた内容を深く考える必要が無くなりますし、恋愛を頑張らなければいけないことも、他者に過度の期待をしたり、必要以上に他者に答える意識も消え、「愛し愛されて自然」という在り方が実現していくでしょう。

自愛は、魂のままの在り方を自覚し、慣れていくための方法論であり、あなたの魂の表現方法です。

もしあなたが魔法や秘術を探し求め、開運や人生の転換が必要なら、誰の力も借りず、不要な概念を必要としない自愛の大切さを知り、ご自分を愛することの楽しさに目覚めていただきたいと思います。

悲しい時も、憤りの時も、寂しい時も、ご自分を受け入れてください。楽しい時も、喜びの時も、安らぎの時も、ご自分を認めてください。

あなたが心の経験値の尺度を自愛に合わせる時、あなたはご自身に愛の魔法をかけ、その愛が溢れんばかりになる時、あなたはいつか他者の自愛を引き出すことにもなるでしょう。

自愛は理想論ではなく、あなたの現実と人生のスピリチュアルな学びと喜びの表現です。是非、ご自分の生活と人生、また心の満たし方、そして自分自身と他者を受け入れる動機について今一度素直になってくださいね!

【まとめ】恋愛から一度距離を置き、自愛に目覚めることで、あなたはより一層輝く!!

今回のお話は恋愛に限ったことではなく、あらゆる事柄に当てはめることができますので、内容が濃くなりましたが、結論はシンプルに、

  • 自分を無条件に愛すること
  • 自分の心に素直になること

などに落ち着きます。我欲的な信念や、他者や社会の価値基準を脇に置きつつ、スピリチュアルな観点を挟むことで、私たちは自分自身の本心や本音と向き合うことができます。

恋愛は、実に素晴らしい経験です。それと同じように、孤独も、大変素晴らしい経験であり、成長と発展の糧です。

あなたがご自分を裁いたり、虐げたり、否定してきたのなら、それ以上にご自分を労り、癒し、大切にして差し上げてください。あなたが誰とも違わず、この世に生まれ、今尚生かされている理由は、望まれている存在だからです。

そんなことを考えたこともなかった、信じたいけれど、信じられない、という心の声や自我意識(エゴ)の声は、刹那的な幻想です。

幻想的な人生や恋愛ではなく、本当に楽しい人生や、愛に満たされた恋愛は、常にあなたがあなたで居ることを喜べる自愛から始まります。一時的に興味がなくなったからといって、あなたが一生恋愛が縁遠くなるわけではありません。

それどころか、あなたが自愛に目覚め、ご自分の魅力を高め続けることで、恋愛の方があなたを放っておかないでしょう。ですからあなたが、世界の誰よりもあなた自身を愛したいことに気づいてください

それは世界と人生、そしてあなたの魂があなたに求め、願っていることです。あなたの自愛は、他愛となり、慈愛となって、あなたの身の回りから素晴らしい喜びのエネルギーを循環させていくのですから。

今回のお話が少しでもあなたのお役に立てましたら幸いです。最後で読んで頂きまして、ありがとうございました!また別の記事でお会いしましょう!

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