「アスペルガー」という言葉を聞いたことはありますか?発達障害の一種であるという認識を多くの方が持っていることと思いますが、実は現在ではあまりアスペルガーという名称は使われず、「ASD」や「自閉スパクトラム症」という単語に置き換わっています。今回はアスペルガー、すなわちASDが実際にはどんな特性を持つといわれているのか、また社会の中でどんな課題を抱えやすいのか、『挨拶』というキーワードと共に紐解いていきたいと思います。
アスペルガーを正しく理解しようく
発達障害の一つとしてアスペルガーという言葉を聞いたことがある人は多いと思います。これは、1944年にハンス・アスペルガーというオーストリアの小児科医によって報告された症例を「アスペルガー症候群」と呼ぶようになったことに由来しています。
当時、小児科医のアスペルガーは、下記のような特性を持つ子どもの症例を報告しました。
- 独特で流暢な言い回し
- 特定の物への強いこだわり
- 想像することが苦手で融通が利かない
そしてこの時代、アスペルガーが症例を発表をした一年前に、アスペルガー症候群と非常に似ている症例を発表した人物が他にもいたのです。レオ・カナーというアメリカの児童精神科です。「言葉の発達の遅れ」「コミュニケーションの障害」「対人関係・社会性の障害」「パターン化した行動、こだわり」などの症状を挙げ、「早期乳幼児自閉症」と名付けた論文を発表したのです。そこから「自閉症」という言葉が世界中に認知されました。
ここから長年の間、「アスペルガー症候群」と「自閉症」はどちらも広く知れ渡ることとなり、同じなのか似ているけど違う症例なのか、専門家たちの間で見解が分かれ議論が続きました。次第に、アスペルガー症候群も自閉症に含まれるが、知的障害が目立たない、むしろ知的には高い自閉症をアスペルガー症候群と呼ぶことが定説となり、議論は落ち着いていきました。
そこから更に自閉症の概念がすっきり整理整頓されたのは比較的最近です。2013年にアメリカ精神医学会(APA)が、あらゆる精神疾患の診断基準を示す診断マニュアルDSM-5を更新。そこでは、アスペルガー障害という診断名はなくなり、自閉スペクトラム症というカテゴリーに吸収されました。よって今は「アスペルガー症候群」という名前は専門的にはあまり使用されず、自閉スペクトラム症(ASD)の一種として認識されるようになりました。
スペストラムの意味を正しく理解しよう
なぜアスペルガーが「自閉スペクトラム症」の一種として吸収されたのか、それについて理解するためには、まずスペクトラムというワードの意味について解説が必要です。スペクトラムとは「連続体」や「範囲」を意味します。元は光学や物理学で使われていた用語で、境界線や範囲が明確ではないグラデーションのような状態が連続している様子を表す言葉です。例を挙げれば、”虹”は分かりやすいスペクトラムです。
「自閉スペクトラム症」にもこのグラデーションの考え方が採用されており、そもそもこの特性があれば自閉症である・自閉症ではない、という明確な線引きができるものではなく、自閉傾向の程度が同一線上で連続体になっている、と考えたのです。この考え方によって、これまでアスペルガーや高機能自閉症など様々なネーミングでややこしかったものが、同一線上の連続体の上にあり、特性の濃淡によってさまざまなタイプの人がいるのだという共通認識ができるようになりました。
また、もう一つメリットがありました。それは、健常、つまり特性がほとんどない人から、特性を強く持つ人までが一律に同一線上にいるというイメージを持てたことです。これによって程度の差はあれ、誰もがある程度特性を持っていることが普通であり異常なことではないと、差別的な考え方が抑制されるようになりました。
なぜ挨拶が発達障害ASDと関係するのか?
アスペルガーの歴史や、アスペルガーが現在は自閉スペストラム症(ASD)と呼ばれていることが分かったところで、ここからはASDと挨拶の関連について話をしていきましょう。
まず、ASDの特性を持つ方々は特に「社会性」と「想像力」に困難を抱えています。それゆえ対人関係がうまく行きづらいことがあります。例えば、子供の頃から自然と身につく「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」という挨拶を例に挙げて考えてみましょう。これは、社会的にそういうルールがあると、勘のいい子は周りをみるだけで空気を読んで自然と身に付けることができます。挨拶をするとみんなが笑顔で喜んでくれるし、気持ちが通い合って嬉しくなる、そんな風に感じます。しかし、ASDの子は空気を読むことが苦手です。なぜ挨拶をするのか?どんなルールでみんなが「おはよう」「こんにちは」を使い分けているのか、きちんと説明してあげないと身に付けることができないのです。
大人ではどうでしょうか。ASDの方は職場にある独特の挨拶やルールを察知することが苦手です。上司から何か教えてもらっても「ありがとうございます」がすぐに言えないとか、何かにつけて「お疲れ様です」という礼儀作法のような挨拶を交わすことが理解できないなどです。これは、ASDの人が、社会的にこういうコミュニケーションを取ったらお互いに気持ちよく過ごせるという感覚がそもそも乏しいからだと言われています。相手の感情を想像して、それに合った行動を取る、という能力が低いので、自然と身につきにくいのです。このように、場に合わせた挨拶や態度を選択することができないので、ASDの人、発達障害の人は挨拶ができない、と認識されてしまうのだと思います。
悪気があるわけではないことを理解
誤解のないように説明しますが、ASD、特にアスペルガーの方はわざと挨拶を避けているわけではありません。単純に、その場に合わせた挨拶が分からない、空気を読んだ行動が苦手、というだけです。語彙は豊富で知的には高い方も多いため、最初の印象はとても優秀だという印象を持たれることも多いです。そのため、「発達障害である」ということに気づかれにくく、一緒に活動していくうちに徐々に「あれ?」と周囲を戸惑わせるようなケースもあります。そして、何か困りごとが表出したときに「単なる努力不足」「変わっている人」「困った人」と周囲から誤解されてしまうこともあります。
こうして誤解が積み重なり、周囲から冷たい目線が向けられると、ASDの人は活動がしにくくなります。でも、何が原因なのか分からないままストレスが溜まり、二次的に心身の不調にまで発展してしまう場合があります。頭がいいからこそ、そのギャップでまさか挨拶ができないなんて、、、空気が読めないなんて、、、とマイナスの印象が強くなってしまうことも多いです。こういう事態を避けるためにも、ASDの人は悪気があって挨拶をしないわけではなく、単純に挨拶の意図や意義を知らないだけかもしれない、という視点をどうぞ忘れないでください。
挨拶は学習で身に付けていくことが可能
ASDやアスペルガーと呼ばれる人は挨拶ができないわけではなく、挨拶のルールを理解することに時間がかかるのです。そのため、「当たり前」とか「マナー」という言葉で片付けずに、しっかり教えてあげることが大切です。挨拶を学習で身に付けることは十分可能です。なぜこの場面でこの挨拶を言うのか、その挨拶をすることにどんな意味が込められていて、みんなはどんな気持ちになるのか?そんなこと、説明しなくても分かるでしょ!という態度は厳禁です。丁寧に一から教えてあげれば、ASDの人はしっかり学習し、次から挨拶をしようという姿勢を見せてくれると思います。表情や目線などから理解することは難しいので、しっかり言葉で伝えてあげてくださいね。
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