マインドフルネスにおける瞑想は、ただ、坐禅を組んで自己の心を観察するような方法だけではありません。
たとえば、マインドフルイーティングという瞑想は、食事の動作を瞑想として、集中状態をつくる、というものです。だから、この瞑想は『食べる瞑想』とよばれることもあります。食事と瞑想を切り離さないで、それらの根本では、関係があることとして捉えるのです。
瞑想といえば、脚を組んで、座って自己を内観する、というイメージが、よく知られています。
しかし、マインドフルイーティングは、現代の科学にもとづいたマインドフルネスだけではなく、そのもととなっている、禅仏教でも、実践されてきました。それは、お寺で修行をする僧侶の方々が受け継いできたような、伝統的な瞑想法です。
この文章では、マインドフルイーティングを実践するときの手順や、その効果について述べようと思います。
マインドフルイーティングとは
マインドフルイーティングでは、一口ずつ、食べものを口に運ぶ動作に注意を向けながら食べます。食べものや、食べることへ注意を集中させる時間は、日常生活の気づきを与えてくれます。多忙で、時間やタスクに追われているような現代人さえも、まったく食事をしない日はありません。食事という習慣の中で、ふだんは意識しないような感覚まで意識化するのです。
その結果として得ることができる効果は、ただ、食べものを味わうときの味わい方が改善される、というだけではありません。
もしも、食事を瞑想とする習慣を身につけるならば、食生活や、身体の健康にも、プラスの影響が起こってくるのです。あとで詳しく述べますけれども、マインドフルネスの実践は、ダイエットの効果や、血糖値を下げる効果があることが証明されています。
もっとも、食事が瞑想となる、などと説明したとしても、ピンとこない方々もおられると思います。
しかし、マインドフルネスのプログラムでは、ただ座っておこなう瞑想のほかにも、日常生活のあらゆる動作を瞑想として活用することができます。
マインドフルネスは『今という瞬間に、目の前のことに気づき、集中する状態』ですから、気づきや集中力を訓練することができるような動作ならば、なんでも、瞑想のようにおこなうことができます。生活のあらゆることに集中力をもってのぞむことを、禅の言葉では『行住坐臥』とよびます。歩くこと、とどまること、座ること、寝ることが『行住坐臥』であり、禅では、それらのすべてが、修行である、と考えられているのです。
これは、精神医学の分野の言葉で言うならば、行動療法と共通する考え方です。
つまり、日常生活の動作を調整することによって、心を訓練する、ということです。
そのような、生活の動作による行住坐臥を意識化した瞑想のひとつとして、マインドフルイーティングがあります。
マインドフルネス研究を初めて精神疾患の治療に取り入れた学者である、ジョン・カバットジンが禅の修行法をもととして構成したプログラムは、マインドフルネスストレス低減法(MBSR)とよばれています。この、MBSRプログラムでは、患者に、ふつうの行動療法に加えて、禅の瞑想を実践してもらいます。
そして、カバットジンが考案したプログラムの中には、呼吸瞑想や静座瞑想(坐禅)などに加えて、マインドフルイーティングの実践が組み込まれていました。つまり、マインドフルネス研究の歴史の中でも、マインドフルイーティングは、初期のころから、その効果が確かめられていたのです。
また、わが国では、道元が、修行における食の役割を重要視しました。道元が著した曹洞宗の経典には《典座教訓》や《赴粥飯法》といった、食について書かれたものがあります。このような、食事や料理についてのこだわりは、そのころのわが国における仏教の中でも、先例のないものでした。道元は、日本仏教に、食の大切さを問い直したのです。
マインドフルイーティングのやり方
マインドフルイーティングを実践する手順について、カバットジンは、彼の著作の中で、詳細に述べています。
彼は、マインドフルイーティングを患者におこなわせるために、レーズンを、毎回三粒ずつ与えていました。手順は、つぎのとおりです。
①一粒のレーズンを観察することに注意を集中します(このとき、はじめて見るようなつもりで観察します。そして、指でつまんだ感触や、色や、表面の状態にも注意をします)。
②レーズンの匂いをかぎ、口にもっていくために腕が手を持ちあげ、だ液を出すのを意識しながら、唇にレーズンを乗せます。
③口に入れて、一粒のレーズンの味を確かめながら、ゆっくりとかみしめます。
④十分にかんだら、飲みくだすときの感触を確かめながら飲みこみます。
カバットジンによれば、マインドフルイーティングを実践することよって『食べものにたいする衝動はコントロールしにくい』ということや『それを簡単に満足させる方法がある』ということ、そして『自分がしていることに意識的になれれば、自分の感情をコントロールすることができる』ということを知ることができます。
食べるときの動作をつうじて、自分の心がどのように動くか、ということを観察するのです。
マインドフルイーティングの練習方法
レーズン以外も可能?
カバットジンが、マインドフルイーティングのためにレーズンを使っていた、という事実には、根拠があります。
第一に、レーズンは、小さな食べものであるため、対象に注意を向けやすい、ということです。味や香りも単純であるため、それぞれ、一粒ずつのレーズンに意識を集中させることができるのです。
そして、第二の根拠は、たとえ、たった一粒のレーズンでも、ゆっくりと、注意を集中しながら噛んで飲みこむならば、ふつうの食べ方で食べるよりも、満足感や、満腹感が大きい、ということです。
だから、レーズンを使って瞑想とすることは、理にかなっていて、マインドフルな状態となりやすい方法ということができます。つまり、小さくて、シンプルな食感の食べものとして、レーズンが選ばれた、ということです。
しかし、レーズンではなくても、ほかの食べものでマインドフルイーティングをおこなうこともできます。もっとも、茶碗から箸でつかんだ米粒を一粒ずつ噛みながら食べているだけでは、時間がかかりすぎてしまいますけれども、一口ずつという単位で、味や歯ごたえを確かめながら食べることは、簡単にできます。たとえ、心の余裕がないときでも、最初の一口や二口くらいを、じっくりと味わって、注意を向けるならば、落ち着きを取り戻すことができます。
マインドフルネスと心理学を研究している学者である、大谷彰が主催している研修では、アーモンドチョコレートを使用したマインドフルイーティングを実践しています。
なぜなら、アーモンドチョコレートは、一粒食べただけでも、さまざまな感覚を味わうことができるからです。
どちらを選んだとしても、小さな食べものに集中するほうが、意識を向けやすい、ということは事実です。お菓子だけではなく、三食のおかずでおこなう場合にも、小さくて、口で形を捉えやすいような食べものを意識的に使う、という方法もあります。たとえば、そら豆や、梅干しなどといった、口に含んだときでも、形や味を把握しやすいもので、注意の集中をおこなうとよいです。
マインドフルイーティングの効果
マインドフルネスや、その瞑想法の一つである、マインドフルイーティングを実践することは、注意集中力を促すための訓練となります。
しかし、それだけではなく、マインドフルネスや、その瞑想法の一つである、マインドフルイーティングによって、ダイエットとしての効果がある、ということがわかっています。
まず、マインドフルイーティングを実践するようになれば、食事量が減ります。
なぜなら、ゆっくりと食べるならば、早く食べるときよりも、満腹感が増すからです。食後まで『食べた』という感覚が増して、そのあとも持続するため、必要な分よりも食べることがなくなるのです。
事実、マインドフルネスの実践によって、減量することができる、という実験結果があります。それは、カリフォルニア大学教授である、ジェニファー・ダウベンマイヤーがおこなった研究の成果です。
この実験では、肥満体質の人々に、5ヶ月のあいだ、食事療法や運動療法を実践させました。2つのグループのうち、一方には、マインドフルイーティングや、運動の感覚に注意を向けるようなマインドフルネスの指導をしました。
それから半年後に体重測定をした結果では、マインドフルネスを実践したほうのグループでは、減量できたぶんの体重が1.2㎏おおかったのです。それから、さらに半年後(つまり、実験をはじめてから1年後)には、減量した体重の差は、1.9㎏に広がっていました。
マインドフルイーティングの方法に従った被験者たちが、各自で食事量をコントロールしたことが、体重が減るという結果となったのです。
この実験によって証明された、よく味わって食べることと、減量との関係は、また、消化する力にもかかわっていると思われます。
なぜなら、ゆっくりと、よく噛んで食べる食べ方は、急いで食べる場合よりも、食後のエネルギー消費量が増える、ということがわかっているからです。そのほかにも、ゆっくりと食べることのメリットについては、血流をよくする効果がある、などといった研究結果が報告されています。
食事量の減量に加えて、人は、マインドフルネスな状態であればあるほど、血糖値が低い、という統計もあります。この統計は、ブラウン大学の教授である、エリック・ラックスによって測定されました。
食事の動作によって起こる感覚に注意を向ける、という精神的なことが、食生活のさまざまなことによい影響をもたらします。
そして『衣食足りて礼節を知る』ということわざがあるとおり、食は、わたしたちの生活における基礎となることがらのうちの一つです。食事に集中力をそそぐことが、生活のあらゆることに影響するのです。
『自分で料理をつくる』という瞑想
ふつう、マインドフルイーティングでは、食べる動作を瞑想とすることだけが強調されてきました。
しかし、ただ食べるだけではなく、自分の手でつくった料理を食べたり、他人に料理をつくることも、また、瞑想とすることができます。曹洞宗の禅僧である、升野俊明は《禅と食》という本の中で、料理という日常のふるまいによって自己の心を整える、ということを提案しています。
実際に、お寺で料理を担当する『典座』という役職には、ある程度まで修行を積んだ僧侶が任命されます。それほど、料理と修行とは、分けることができないものとされているのです。
まとめ
禅の修行では、マインドフルイーティングは、朝食のときにおこなう『粥坐』と、昼食のときの『斎坐』とよばれるものが、これに該当します。
これらの食事は、いずれも、修行のうちの一環として、重要とされています。マインドフルイーティングは、禅における食の思想にもとづいて、食事の動作を、瞑想における注意力と結びつけます。
ほかのことをしながら食べものをつまんでいくような「ながら食べ」では、食べものじたいの感覚は、希薄なものとなります。また、時間の都合などを理由として、急いで矢継ぎ早に食べものを口に運ぶような食事も、胃や腸の消化運動にとっては、よくありません。
それらとは反対に、食べものを眺めて、口に入れてから喉を通る感覚まで意識化するのが、マインドフルイーティングです。そのようにすれば、満腹感を簡単に得ることができます。
食べものにたいする注意集中力が、結果としては、食生活そのものを改善することとなるのです。
マインドフル・イーティングを実践するだけではなく、マインドフルネスの習慣を生活の中で継続することが大切です。
だから、自分で料理をつくることができるような方は、ぜひ、料理のマインドフルネスにも挑戦してみてください。
禅を実践してきた先人たちは、食事を大切にすることによって、はじめて、修行に打ちこむことがが可能となる、ということを理解していました。心の健康と、体の健康は、結びついているのです。
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