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「健康と若さを維持する方法」連載書籍化のお知らせ

このたび、2022年4月から2023年3月にかけてLaniで連載した「健康と若さを維持する方法」を加筆修正して、電子書籍『不老不死は可能か』として出版したのでお知らせします。この記事では、『不老不死は可能か』のコアとなる内容を要約し、不老不死を可能にするかもしれない技術にどのようなものがあるかを紹介することで、読書への導入とします。

なぜ老化するのか

まずは、不老不死とは何かという定義の話から始めましょう。不老は、何もしなくても若いままでいるということではなく、老化しても可逆的に何度でも若返りが可能な状態とします。また、不死は、《死にたくても死ねない状態》ではなく、プログラムされた有限な寿命(必然的な老衰死)がない状態とします。それゆえ、不老不死が実現しても、自殺が可能なだけでなく、事故や病気による望まない死まで、これまで通りありえます。

このように定義するなら、不老不死は、生命誕生の時点で既に実現していたことになります。この系統図は、生命誕生後、共通祖先から細菌、古細菌、真核生物という三つのドメインが分岐した経路を示しています。

3ドメイン説に基づく系統樹。私たち、真核生物ドメインの後生動物は、古細菌ドメインのASGARD(アスガルド古細菌)との共通祖先から分岐したと考えられています。Source: Crion. “全生物の系統樹の1例.” 16 August 2018. Licensed under CC-BY.

私たち真核生物の後生動物は、古細菌、中でもアスガルド古細菌との共通先祖から進化したと考えられています。真核生物として有性生殖を始める前の私たちの祖先は、現在の古細菌、つまりアーキアと同様に、無性生殖で、単純な分裂のみで増殖していました。その時点では、不老不死であったということです。では、なぜ真核生物は、あえて老化と死を発明したのでしょうか。

生物がなぜ老化するかを説明する理論を老化理論と言います。これには老化とは遺伝子複製エラーの蓄積だとするエラー破局説[1]と老化とは適応のためのプログラムだとするプログラム説[2]の二つがあります。エラー破局説によると、DNAは、太陽の光に含まれる紫外線や活性酸素によって、突然変異のリスクが高くなります。

紫外線照射によるDNAの損傷[3]

私たちの細胞にはDNA損傷を修復するメカニズムがありますが、損傷が繰り返されるうちに、修復ミスが生じることがあります。これが老化であり、老化が進む結果、死ぬということです。

ところが、紫外線に晒され、活性酸素のダメージを受けつつも、老化せずに、長期にわたって同じ遺伝子を複製し続けた生物があります。それは、ヘイムダル古細菌です。アスガルド古細菌の一門で、真核生物に最も近い原核生物です。私たちの先祖はこの生物に近かったと思われます。ヘイムダル古細菌は、他のアスガルド古細菌とは異なり、光エネルギーを利用すると同時に好気的な代謝経路を利用する混合栄養生物です。それゆえ、光が届く場所に生息し、紫外線にも活性酸素種にも晒されています。それにもかかわらず、20億年以上無性生殖を続けています。これは、エラー破局説の反証例となります。

老化はアクシデントの結果ではないというのがプログラム説です。プログラム説に優位をもたらしたのは、1970年代にテロメアの機能が発見されたことです。この写真でも確認できるように、染色体の両端には、テロメアという細胞分裂ごとに短くなる末端部があります。

テロメア(白)で両端がキャップされたヒトの染色体(灰色)[4]

これがある一定の長さにまで短くなると、細胞はそれ以上分裂できなくなるようにプログラムされています[5]

老化と死のプログラムは、有性生殖と表裏一体の関係にあります。生物は、なぜ不老不死の無性生殖をやめて、有性生殖を始めたのでしょうか。現在最も有力視されているのは、有性生殖を寄生者対策とみなす「赤の女王」仮説です[6]。遺伝子情報が画一的だと、寄生者によって種が全滅するリスクが高まるので、有性生殖で絶えず変更しなければならないというのです。この仮説の名称は、『鏡の国のアリス』で、「赤の女王」が「同じ場所に留まるには、全速力で走らなければならない[7]」と言ったことに由来します。

アリスに教えを垂れる赤の女王。ジョン・テニエル(John Tenniel; 1820–1914)による1871年のイラスト。チェスの駒の形で描かれています。

有性生殖に寄生者対策の効果があるとするなら、古細菌はなぜその対策を講じないのかと疑問に思う人もいることでしょう。実は、古細菌は、寄生者の攻撃を受けにくい極限環境にいるため、対策に力を入れる必要がありません。これに対して、豊かな環境で栄養を多く溜め込んでいる真核生物は、それだけ寄生者の攻撃を受けやすいので、有性生殖が必要です。

これをウェブサイトへのログイン・パスワードの定期的な変更にたとえましょう。それほど重要ではない普通のサイトなら、不要ですが、金融機関のサイトでは必要です。ハッカーにとっておいしい情報が入っているサイトでは、パスワードに寿命を設けなければなりません。それと同じということです。

不老不死は有害か

個体の老化と死は、有性生殖による遺伝情報の多様化を促すべくプログラムされているというのがこの章の結論です。遺伝情報を変更し続けたおかげで、真核生物は、社会的あるいは自然的な環境変動に柔軟に適応しつつ、様々な環境への進出に成功しました。私たち、ホモ・サピエンスは、しかしながら、知的能力を使って、社会的あるいは自然的な環境変動への適応という課題に応えられるようになっています。他方で、寿命の有限性が、知的能力の無限の発展を妨げています。現在、人類が知的能力を用いて不老不死を実現しようとしている所以です。

もう少し詳しく説明しましょう。有性生殖による遺伝情報の多様化の原点は、寄生者対策です。人類は、近代以前、寄生者の感染に脆弱でしたが、近代以降、感染症対策が改善しました。

主なパンデミックでの死亡率を比較しましょう。

  • 1346〜1353年にペスト細菌による黒死病(腺ペスト)がヨーロッパと北アフリカで蔓延した時、欧州人口の60%(8000万人中5000万人)が死亡したと見積もられています[8]
  • 1918〜1920年にインフルエンザ ・ウイルスによるスペインかぜが世界的に流行した時、世界人口の3〜6%(18~19億人中5000万人~1億人超)が死亡したと推測されています[9]
  • 2019年以降世界に拡散した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)では、死亡率は、2024年1月現在、0.086%(80億人中700万人[10])に留まります。

同じ病気ではないので、単純な比較はできないものの、衛生環境の改善や医学の進歩により、感染症から身を守る人類の能力が、時代とともに向上していることが窺えます。

その結果、人類の平均寿命は延びつつあります。このグラフは、19世紀以降の平均寿命の推移を示したものです。産業革命以降、地域による差はありますが、上昇傾向にあることが見て取れます。

19世紀以降の平均寿命の推移。青色は欧州、茶色はオセアニア、オレンジは南北アメリカ、緑色はアジア、深緑色は世界全体、紫色はアフリカ。Source: Our World in Data. “Life Expectancy.” Licensed under CC-BY.

不老不死に向けての動きは、20世紀以降に既に始まっていると言ってよいでしょう。

不老不死はイノベーションを阻害すると懸念する人もいます。例えば、アップルの共同設立者、スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式のスピーチで、次のように言っています。

死を望む者は皆無です。天国へ行くことを望む者でさえ、そのために死を望むことはしません。それでもなお、死は私たち全員が共有する運命です。死を免れた者はいません。そしてそうあるべきです。なぜなら死はほぼ間違いなく生命による最高の発明であるからです。死は生命に変化をもたらす仲介者です。それは、新しき者に通り道を空けるべく、古き者を消し去ります。[11]

こう主張する人は、ジョブズ以外にも多いのですが、イノベーションを促進するのに、必ずしも生物学的死は必要ありません。実際、ジョブズは、同じスピーチで、こう言っています。

当時はわかりませんでしたが、アップルを解雇されたことは私に起こり得る最善のことでした。成功していることによる重圧は、再び新参者となったことによる軽快さで置き換えられ、何事も決めつけないようになりました。おかげで、私は人生で最も創造的な時期へと解き放たれました。[…]もしも私がアップルを解雇されなかったなら、このようなことは起こらなかったと確信しています。[12]

アップルからの追放という社会的死のおかげで、iPhoneのようなイノベーションが可能になったと言うのです。

結論をまとめましょう。日本の年功序列社会のように、高齢者が権力を握るなら、イノベーションは阻害されるので、高齢者の生物学的死が必要になります。しかし、市場原理が機能するなら、時代遅れは社会的に淘汰されるので、社会的死だけでイノベーションが可能になります。それゆえ、不老不死が可能になったからといって、イノベーションの停滞を心配する必要はないのです。次の章では、不老不死を実現する具体的な方法を三つのステージに分けて、提案します。

不老不死ステージⅠ

これまで達成された人類の最高齢の記録は、122歳で、1997年以降、これを上回った人はいません。それは、体細胞の分裂に40回から60回ぐらいまでという限界があるからです。これは、人の年齢では、120歳から125歳に相当します。このように寿命に限界があるのは、テロメアのおかげです。ただし、テロメアによる限界には、例外があります。幹細胞と生殖細胞とがん細胞です。

これは、幹細胞が分裂し、体細胞へと分化するプロセスを示した図です。分化細胞が老化しても、幹細胞が新たに分化細胞を供給してくれればよいのですが、加齢とともに幹細胞自体が老化し、さらに数も減っていくからです。

幹細胞の分裂と分化のダイアグラム[13]

そこで、人工的に幹細胞を供給することで老化を止めようというのが、再生医療の考えです。

通常の分化した細胞は、分裂しても、同じ種類の細胞にしかならない単能性しか持ちません。これに対して、どのような細胞にも分化して、一個体を形成する受精卵は、全能性を持ちます。再生医療で必要とされるのは、一個体にはならないものの、どのような細胞にも分化できる多能性を持った幹細胞です。胚盤胞内の内部細胞塊として発生する胚性幹細胞、ES細胞は、多能性を持ち、循環系、神経系、免疫系などあらゆる組織に分化可能です。

全能性を有する桑実胚と多能性を有する内部細胞塊(ES細胞)。Source: Mike Jones. “Stem cells diagram.” Licensed under CC-BY-SA. Modified by me.

しかし、ES細胞の再生医療への利用には、本来個体となるはずの人命を奪うという倫理的問題があります。そこで、注目を浴びたのが、人工多能性幹細胞、iPS細胞です。臓器に病変がある患者から健康な体細胞を採取して、そこに四つの初期化因子を導入することで、多能性幹細胞へとリプログラミングし、再生した臓器を移植し、病気を治療できるということで大変注目されました。

iPS細胞で再生した肺の自家移植[14]

他方で、iPS細胞には、腫瘍化リスクがある、治療期間が長い、費用が高くつくといった問題があります。そこで、腫瘍化リスクがなく、治療期間も短くて、費用が比較的安い間葉系幹細胞が、代替幹細胞として注目されています。iPS細胞ほどの多能性はありませんが、技術的ハードルが低いために、歯髄[15]や脊髄[16]の再生などで既に実用化されています。

再生医療に用いられる間葉系幹細胞は、歯髄、骨髄、脂肪、臍帯血から採取されます。しかし、最近では、間葉系幹細胞そのものではなくて、間葉系幹細胞が分泌するエクソソームを投与するというより安価で簡単な方法が脚光を浴びています。

エクソソームは、内部に、メッセンジャーRNA、マイクロRNAなどを含み、体内を循環し、細胞間の情報伝達を担っています。その生成と情報伝達の様子を以下の図で説明しましょう。

エクソソームの生成と分泌。Source: Hade, Mangesh D., Caitlin N. Suire, and Zucai Suo. “Mesenchymal Stem Cell-Derived Exosomes: Applications in Regenerative Medicine.” Cells 10, no. 8 (August 2021): 1959. Licensed under CC-BY. Modified by me.

まず、細胞が細胞外の物質を取り込むエンドサイトーシスで小胞を形成し、それが、初期エンドソーム、後期エンドソームへと成長し、内部に膜小胞を多数出芽させた多胞体となります。多胞体は、不要ならリソソームで分解されますが、そうでなければ、細胞膜と融合し、膜小胞を細胞外に放出します。このエクソサイトーシスにより放出される膜小胞がエクソソームです。エクソソームは、近傍の細胞のエンドサイトーシスによって取り込まれ、かくして情報が連鎖的に拡散します。

エクソソーム治療は、すでに自由診療という形で受けられますが、注意すべきリスクもあります。運搬している中身次第では、エクソソームは、腫瘍の成長、血管新生、転移を促進する場合もあれば、逆に腫瘍を抑制する場合もあります。安全性が十分確保されていない現時点では、医療目的であれ、美容目的であれ、エクソソームの利用はまだ推奨できません。とはいえ、エクソソームを用いた再生医療は、そのコストの安さと簡便さから将来有望な抗老化法の候補と言ってよいでしょう。

不老不死ステージⅡ

不老不死ステージⅡは、コンピューターへの精神転送です。コンピューターへ精神を転送できるかどうかを考える前に、そもそも精神とは何かを考えましょう。それは、今のコンピュータが扱っているデジタルな情報に完全には還元しつくせません。その特殊性を説明する理論に、量子脳理論があります。

量子脳理論は、1978年に、梅澤博臣たちが提唱し[17]、1989年に、著名な物理学者、ロジャー・ペンローズが『皇帝の新しい心』という本の中で提唱した[18]ことで、世界的に有名となりました。1996年に、ペンローズは、麻酔科医のスチュワート・ハメロフとともに、神経細胞の微小管が量子力学的な波動関数の客観的収縮を統合するという統合された客観収縮理論を提唱しました[19]

神経細胞における微小管[20]

微小管は、チューブリンと呼ばれるタンパク質の二量体からなる管状の細胞骨格です。この図に描かれているように、微小管は、細胞核(Nucleus)の近くの細胞体(ソーマ)内、ミエリン鞘(Myelin Sheath)別名シュワン細胞(Schwann cell)で覆われた軸索(Axon)内、軸索樹状突起(Synapse シナプス)内にあります。麻酔薬は、チューブリンの集団振動の周波数を低下させたことで、意識と記憶を遮断すると考えられています。

量子脳理論は、提唱された当時、荒唐無稽な説として、主流派科学者から相手にされませんでしたが、今日では有力な説の一つになっています。それは、意識だけでなく、光合成におけるエネルギー伝達の効率化[21]、磁気コンパスを利用した渡り鳥のナビゲーション[22]、電子の量子トンネル効果による振動を感知する嗅覚[23]など、他にも量子効果に基づいた生命活動があるという説が浮上しているからです。

量子脳理論が正しいとするなら、私たちの脳は、古典コンピューターよりも量子コンピューターに近いということになります。その場合、精神転送は、量子テレポーテーションで可能となります。

量子テレポーテーションとは、量子もつれの関係にある2つの粒子の一方を観測して状態を確定すれば、他方の状態も確定するというEPRペアを利用した情報転送のことです。情報転送といっても、コピーアンドペイストではありません。量子複製不可能定理により、カットアンドペイストとなります。つまり、意識の自己同一性は維持されるということです。私たちの体に寿命があるように、量子コンピューターにも寿命があります。しかし、量子テレポーテーションを繰り返せば、その寿命を超えて生き続けられます。

不老不死ステージⅢ

コンピューターへの精神転送を繰り返せば、私たちは永遠に生きられるでしょうか。今から76億年後、太陽は地球を飲み込む赤色巨星になるので、地球上では永遠に生きられません。そうなる前に、他の惑星に移住すればよいと思うかもしれません。しかし、宇宙自体に寿命があるなら、永遠に生きることは不可能です。実際、多くの科学者は、ビッグクランチで宇宙が押しつぶされるとか、ビッグリップで宇宙が引き裂かれるとかといった宇宙の終焉を予想しています。それでも、宇宙とともに死ぬことを回避する方法があります。過去へのタイム・トラベルです。

過去へのタイム・トラベルは、テレポーテーションによる宇宙植民によって実現可能です。それをこの図で説明しましょう。

量子テレポーテーションによる過去へのタイム・トラベル。縦軸は出発地からの距離、横軸はロケット出発から数えた時間の進み具合。

縦軸は空間的な距離、横軸は時間の進み具合を表しているとします。今、地球を出発して、遠くの星へと移住するとします。その際、私の意識と量子コンピューターを量子もつれの関係にし、量子コンピューターをロケットに乗せ、目的地に向けて相対的に光速に近い速度で飛ばしたとします。すると、相対性理論により、ロケットに搭載した量子コンピューターの時間の進み方が遅くなります。それゆえ、ロケットが目的地に到着した時に、私の意識を量子テレポーテーションすれば、過去の状態に遡れることになります。この方法なら、宇宙の寿命が有限でも、広範な範囲への宇宙植民が可能となります。

もとより、出発の時点から見るなら、たんに時間の経過を遅くしているにすぎません。本当に過去にタイム・トラベルしようとするなら、ブラックホールからワームホールを通過して、ホワイトホールから出なければなりません。

初めて写真として公開されたブラックホール。2018年に、国際研究チーム、イベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーションが、M87中心の巨大ブラックホールの撮影に成功し、2019年にこの写真を公開。Source: EHT Collaboration. “First Image of a Black Hole.” Licensed under CC-BY.

以下の図は、空間を二次元化することで示したワームホールの模式図です。

空間の二次元化により描かれたワームホールの概念図。通常の空間移動よりも近道ができる。Source: Panzi. “2D analogy to a wormhole.” Licensed under CC-BY-SA. Modified by me.

通常の空間移動よりも近道することで、過去にタイム・トラベルできるというわけです。量子コンピューターを用いたシミュレーションから、ワームホールの通過と量子テレポーテーションが等価ということがわかっています[24]

過去へのタイム・トラベルは、親殺しのパラドックスゆえに不可能と主張する人もいます。もしも過去へのタイム・トラベルが可能なら、自分が生まれる前の親を殺すことも可能なはずです。しかし、それは自分の存在と矛盾します。ゆえに、過去へのタイム・トラベルは不可能というのです。それでも、このようなパラドックスを生じさせない物理学の理論があります。それは、マルチバースという仮説に基づきます。
これは、量子力学の観測問題に関する解釈の一つです。

インフレーション宇宙論から導かれたマルチバース仮説とは、急激な宇宙の膨張に伴って、私たちの宇宙とは別に無数の泡宇宙が生まれたというものです。野村泰紀(のむらやすのり, 1974年 – )によると[25]、インフレーション宇宙論におけるマルチバースは量子力学における多世界と同じです。

量子力学の多世界解釈は、観測問題に関する解釈の一つです。この図は、シュレディンガーの猫と呼ばれる思考実験を表しています。

シュレーディンガーの猫の概略図。Source: Dhatfield. “Diagram of Schrödinger’s cat thought experiment.” Licensed under CC-BY-SA. Modified by me.

確率2分の1で放射性原子核が崩壊し、それによって猫の生死が決まるなら、箱の中には、中を覗いて確認するまでは、生きた猫と死んだ猫が同時に重ね合わさって存在するのかという問題です。多世界解釈では、観察によって、確率2分の1で猫が死ぬ世界と猫が生き続ける世界が分岐し、観察者もどちらかの世界へと分岐すると解釈されます。

多世界解釈によるシュレディンガーの猫の説明[26]

この多世界解釈を採用すると、私が過去にタイム・トラベルした瞬間に、私が来た世界とは別の世界に分岐するので、仮に親を殺して、私が生まれなくなっても、それは私が来た世界とは別の世界での出来事で、矛盾は生じないということになります。それゆえ、過去へのタイム・トラベルは、実際には、他の並行宇宙へのトラベルということになります。

まとめと本書の意義

これまで、不老不死に向けての三つのステージを展望しました。不老不死は、主観的には、もっと長生きしたいという個人の欲望を満たすに過ぎませんが、客観的には、人類にそれ以上の進化をもたらします。すなわち、ステージⅠでは、寿命という時間的制約、ステージⅡでは、身体という空間的制約、ステージⅢでは、単一の世界という宇宙的制約を超越して、有限な存在の人類が、無限の世界に進出する無限な能力を持った存在へと近づいていくということです。

もとより、未来がどうなるかは不確定です。このプレゼンテーションでは、定説になったとは言い難い仮説に基づいて、かなり大胆な未来予測の提示に踏み込みました。それでも、不老不死が実現可能かもしれないという見通しを述べたのは、その方が、健康を維持しようとするみなさんのモチベーションに良い影響を与えると思ったからです。もしも健康維持のために努力しても、違いは数年長生きできるかどうかに過ぎないのなら、健康のことは考えずに今を楽しんだ方が良いと思う人も出てくることでしょう。しかし、もしも違いが、永遠に生きるのか、それとも無に等しい短い人生で終わるのかなら、考えが変わる人もいることでしょう。

では、不老不死に向けて今からすべきことは何でしょうか。老化と死は、寄生者対策のプログラムというのが、第一章の結論です。私たちの体には、寄生者による乗っ取りを防ぐために、成長と炎症を促進するメカニズムがあります。このメカニズムを抑制することで、寿命の延長が可能となります。これが今からすぐにできる不老不死ステージ0です。本書は、不老不死ステージ0の今、何をすべきかを詳しく書いています。興味のある方は、ぜひお読みください。

動画による自著紹介

参照情報

  1. Orgel, Leslie E. “The Maintenance of the Accuracy of Protein Synthesis and Its Relevance to Aging.Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 49, 517-521 (1963).
  2. Libertini, Giacinto. “An Adaptive Theory of the Increasing Mortality with Increasing Chronological Age in Populations in the Wild.” Journal of Theoretical Biology 132, no. 2 (May 21, 1988): 145–62. 後に、ジャチント・リベルティーニは「プログラムされた老化のパラダイム」と呼んでいます。Libertini, Giacinto. “Non-Programmed Versus Programmed Aging Paradigm.” Current Aging Science 8, no. 1 (March 1, 2015): 56–68.
  3. David Herrin. “DNA UV mutation.” NASA. Licensed under CC-0.
  4. NASA. “U.S. Department of Energy Human Genome Program.” Licensed under CC-0.
  5. Hayflick, L., and P. S. Moorhead. “The Serial Cultivation of Human Diploid Cell Strains.” Experimental Cell Research 25, no. 3 (December 1, 1961): 585–621.
  6. Leigh Van Valen. “A new evolutionary law” in Evolutionary Theory, No 1. Centre for Ecological and Evolutionary Synthesis. p.1-30.
  7. Lewis Carroll. Through the Looking-Glass: And What Alice Found There. Macmillan. 27 December 1871. Chapter 2.
  8. Ole J. Benedictow. “The Black Death: The Greatest Catastrophe Ever.” History Today Volume 55. Issue 3. March 2005.
  9. Johnson, Niall P. A. S., and Juergen Mueller. “Updating the Accounts: Global Mortality of the 1918-1920 ‘Spanish’ Influenza Pandemic.” Bulletin of the History of Medicine 76, no. 1 (2002): 105–15.
  10. WHO. “Number of COVID-19 deaths reported to WHO (cumulative total).” Coronavirus (COVID-19) Dashboard.
  11. “No one wants to die. Even people who want to go to heaven don’t want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it. And that is as it should be, because Death is very likely the single best invention of Life. It is Life’s change agent. It clears out the old to make way for the new.” ― Steve Jobs. “You’ve got to find what you love.” Stanford News. June 12, 2005.
  12. “I didn’t see it then, but it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life. […] I’m pretty sure none of this would have happened if I hadn’t been fired from Apple.” ― Steve Jobs. “You’ve got to find what you love.” Stanford News. June 12, 2005.
  13. Wykis. “Diagram of stem cell division and differentiation.” May 2007. Licensed under CC-0. Modified by me.
  14. Calvero. “Ips cells.” Licensed under CC-0. Modified by me.
  15. アエラスバイオが「歯髄幹細胞を用いた再生医療」を世界で初めて実用化.」『ガスペディア』2020年6月28日.
  16. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構. “脊髄損傷の治療に用いる再生医療等製品「自己骨髄間葉系幹細胞(STR01)」条件及び期限付承認取得のお知らせ.” 2018/12/28.
  17. Stuart, C. I. J. M., Y. Takahashi, and H. Umezawa. “On the stability and non-local properties of memory.” Journal of theoretical biology 71.4 (1978): 605-618.
  18. Roger Penrose. The Emperor’s New Mind. Oxford University Press (November 9, 1989).
  19. Hameroff, S.R., and R. Penrose. “Conscious Events as Orchestrated Space-Time Selections.” Journal of Consciousness Studies 3, no. 1 (January 1, 1996): 36–53.
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  22. Gauger, Erik M., et al. “Sustained quantum coherence and entanglement in the avian compass.” Physical review letters 106.4 (2011): 040503.
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  25. Nomura, Yasunori. “Physical Theories, Eternal Inflation, and the Quantum Universe.” Journal of High Energy Physics 2011, no. 11 (November 11, 2011): 63.
  26. Christian Schirm. “Veranschaulichung der Separation des Universums, aufgrund zweier überlagerter und verschränkter quantenmechanischer Zustände.” Licensed under CC-0. Modified by me.

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