私たちは、食品に甘さだけでなく、辛さも求めます。これは、生命にとって塩が必要不可欠であるからです。しかし、現代の私たちは、塩分を必要以上に摂取しています。過剰な塩分摂取は健康に有害なので、減塩しなければなりません。もとより、辛さのない料理では物足りないので、塩に代わる香辛料が必要になります。この記事では、寿命を延ばす効果のある香辛料を紹介し、健康と食事の楽しさを両立させる方法を提案します。
1. 塩分過剰摂取の弊害
令和元年現在、日本の成人男性は一日当たり10.9g、成人女性でも一日当たり9.3gの食塩(塩化ナトリウム)を摂取しています[1]。
WHOは、成人の塩分摂取基準を一日当たり5g未満と定めていますが、日本の成人でこの基準を満たしているのは、5%程度です[2]。つまり、ほとんどの日本人は、塩分を過剰に摂取しているということです。この章では、塩分の過剰摂取が死亡率を高める事実と理由を確認した上で、死亡率を低下させる戦略を練ります。
1.1. 塩分摂取量と死亡率の相関
まずは、塩分の過剰摂取が死亡率を高めている事実を確認しましょう。英国のバイオバンクに登録された50万人以上を中央値9年間追跡した2022年発表の調査[3]によると、以下のグラフに示されているとおり、食品に塩を加える頻度の高まりとともに、全原因早期死亡率は有意に(Ptrend=0.001)上昇します。
食品に塩を全くあるいは滅多に添加しない群と比べた常に添加する群の多変量調整済み全原因死亡率ハザード比は、1.28(95%信用区間:1.20~1.35)でした。また、食品に塩を常に添加する群は、全くあるいは滅多に添加しない群と比べ、50歳時の平均余命が、
- 男性で2.28(95%信用区間:1.66~2.90)年
- 女性で1.50(95%信用区間:0.72~2.30)年
短縮していました。
8702人の日本人を1980年から24年間追跡調査した厚生労働省研究班による研究(NIPPON DATA80)[4]は、食事における食塩の密度(総摂取エネルギー量 1000 kcal あたりの食塩摂取量)と死亡率の関係を調べました。その結果、家庭の食塩摂取量が、2g/1000kcal 増加した場合の多変量調整済みハザード比は、
- 全原因死亡率で、1.07(95%信用区間:1.02~1.12)
- 心血管疾患死亡率で、1.11(95%信用区間:1.03~1.19)
- 冠状動脈性心疾患死亡率で、1.25(95%信用区間:1.08~1.44)
- 脳卒中死亡率で、1.12(95%信用区間:1.00~1.25)
というように、いずれも有意に1を超えました。日本人は、伝統的に他の民族よりも塩分摂取が多いので、死亡率を低下させる上でとりわけ減塩の必要性が高いと言えます。
1.2. 過剰摂取が死亡率を高める理由
前回の「大豆は健康に良いのか」でも指摘したとおり、塩分摂取の増加は胃がんリスクと高めます。しかし、塩化ナトリウムの過剰摂取の弊害として最もよく知られているのは、血圧の上昇です。そのメカニズムを説明しましょう。
私たちの体内では、以下の図に描かれているように、ナトリウム-カリウム・ポンプが、ATPのエネルギーを消費して、ナトリウム・イオンを細胞外へ汲み出し、カリウム・イオンを細胞内に取り込んでいます。
高血圧は血管に負担をかけるがゆえに動脈硬化をもたらし、心臓や脳だけでなく、腎臓にも悪影響を与えます。腎臓の糸球体を形成する毛細血管が硬化すると、濾過機能が低下します。1万人以上を対象とした日本での調査[6]によると、塩分摂取量が低い群と比べた高い群の腎機能障害の多変量調整済みハザード比は、1.292(95%信用区間:1.085~1.540)でした。塩分の過剰摂取は、腎機能障害のリスクを約29%増加させるということです。腎臓には、過剰な塩分を尿へと排出する機能があるので、腎機能障害が高血圧をさらに悪化させるという悪循環が生じます。
福岡大学の岩本隆宏と喜多紗斗美によると、食塩過剰摂取による動脈硬化には、ナトリウム-カリウム・ポンプだけでなく、ナトリウム-カルシウム交換体(NCX)も重要な役割を果たしています[7]。ナトリウム-カルシウム交換体とは、ナトリウム・イオンを細胞外へ汲み出し、カルシウム・イオンを細胞内に取り込む細胞膜イオントランスポーターで、心臓、脳、腎臓、血管などに幅広く発現する1型(NCX1)以外に、脳や骨格筋に発現する2型(NCX2)や3型(NCX3)もあります。
以下の図に示されているとおり、高食塩摂取(High salt intake)は、ウワバインなどの内因性強心配糖体(endogenous cardiac glycosides)を増やし、Na+/K+-ATPアーゼによるナトリウム-カリウム・ポンプの働きを抑制します。
すると、細胞内のナトリウム・イオンを細胞外に汲み出せなくなるので、代わりに1型ナトリウム-カルシウム交換体(NCX1)が、ナトリウム・イオンを汲み出し、カルシウム・イオンを取り込みます。血管平滑筋細胞内のカルシウムイオン濃度が高まると、血管は収縮し、血圧が上昇します。逆にウワバイン拮抗薬(PST2238)やナトリウム-カルシウム交換体阻害薬(SEA0400)を投与すると、これらのメカニズムが作動しないので、血圧は低下します。
ナトリウムとカルシウムの交換が進んで、血中のカルシウムが減ると、その不足を補うために、骨からカルシウムが供給されます。カルシウム不足が細胞中および血液中のカルシウムを増やす現象がカルシウム・パラドックスと呼ばれることは、すでに「健康に良い飲み物は何か」で述べました。食塩の過剰摂取は、カルシウム・パラドックスを通して、一方で骨粗鬆症(骨に含まれるカルシウムが減って、骨がもろくなる病気)[8]を、他方で尿路結石(腎臓、尿管、膀胱、尿道などの尿路にできるカルシウムの結石)[9]を惹き起こします。
1.3. 減塩のための様々な方法
高血圧がカリウムに対するナトリウムの過剰によって惹き起こされるのなら、塩化ナトリウムの代わりに塩化カリウムを摂取すればよいということになります。この考えに基づく減塩方法が、減塩塩による精製塩の代替です。減塩塩とは、塩化ナトリウムの割合を減らし、カリウム塩あるいはカルシウム塩やマグネシウム塩などの代替塩の割合を増やした食塩風味の調味料のことです。「しお」を減らした「えん」なのですから、減塩塩の読み方は、「げんえんしお」よりも「げんしおえん」の方が化学的には正確なのですが、ここでは、慣例に従って、前者の読み方を採用しましょう。
そもそも海塩は、精製塩とは異なり、多様な塩を含みます。以下の図は、海水に占める化学成分を質量比で示したものです。
海塩の陽イオンは、ナトリウムが最も多く、マグネシウム、カルシウム、カリウムが続きます。そして、カリウムだけでなく、カルシウム[10]やマグネシウム[11]も降圧効果があります。中国で実施された13のランダム化比較試験をまとめた2020年発表のメタアナリシス[12]によると、精製塩を減塩塩で代替すると、
- 収縮期血圧で、-5.7 mmHg(95%信用区間:-8.5 ~ -2.8 mmHg)
- 拡張期血圧で、-2.0 mmHg(95%信用区間:-3.5 ~ -0.4 mmHg)
の有意な血圧低下が確認されました。ちょうど精製穀物よりも自然に近い全粒穀物の方が健康に良いように、精製塩よりも自然に近い海塩の方が健康に良いと言えます。
海水に含まれる塩化ナトリウム以外の塩類(塩化カリウム、塩化カルシウム、硫酸カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウムなど)は、にがりの材料になるだけあって、苦いので、市販の減塩塩の少なくとも半分は塩化ナトリウムです[13]。血圧を下げるだけなら、減塩塩による代替で良いのですが、胃がんリスクをも低減するには、塩化ナトリウムを全く含まない代替調味料を探さなければなりません。
もとより、私たちが塩味を感じるナトリウム・イオンの完全な代替はありません。しかし辛味は塩味に近く、しかも苦味ほど後味が悪くありません。私たちの舌の味蕾が感じるのは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の五味だけで、辛味を直接感じることはありませんが、舌にあるTRPV1(トリップ・ブイワン)が、辛味を知覚します[14]。伝統的に日本人は、ヨーロッパ人やインド人ほど香辛料を調味料として使用しなかったので、塩分摂取が過多になってしまいました。ヨーロッパ人やインド人のように、塩化ナトリウムを全く含まないけれども辛味がある香辛料を使用すれば、塩化ナトリウムの使用を減らせます。
最近では、日本の小売店も、種々様々な香辛料を売るようになりました。どの香辛料もそれぞれ独自の効能を謳っていますが、死亡率を低下させるエビデンスのある香辛料はそれほど多くありません。そこで、以下、たんに食塩の使用量を減らすだけでなく、寿命を延ばす効果のある香辛料をいくつか紹介しましょう。
2. ターメリックとコショウ
おそらく最も受け入れるハードルが低い香辛料は、ターメリックとコショウです。この章では、ターメリックとコショウの健康効果を説明した上で、両者を併用する相乗効果について述べます。
2.1. ターメリックの健康効果
ターメリック(turmeric)とは、日本でウコンと呼ばれている植物の英語での名称です。ウコンの根茎の粉末は、以下の写真に見られるとおり、鮮やかな黄色を呈しています。日本のマーケットでは、この黄色の粉末がターメリックの名でスパイスとして売られています。
熱帯アジア原産のターメリックは、インドでたんにカレー粉の材料として使われていただけでなく、伝統医学のアーユルヴェーダで生薬として扱われていたことからもわかるとおり、古より健康効果が認められていましたが、現代医学もターメリックが含むポリフェノールであるクルクミン(curcumin)にカロリー制限模倣効果を認めています。
メタボリック・シンドロームの男女117名を、毎日1グラムのクルクミンを投与した処置群(n = 59)とプラセボを投与した対照群(n = 58)とに8週間分けたランダム化比較試験[15]によると、処置群では、対照群と比較して、TNF-a、IL-6、TGF-b、MCP-1といった炎症性サイトカインの血清濃度が有意に低下しました(p < 0.001)。IL-6以外のパラメータの変化は、血清脂質とグルコースレベルの変化、およびサイトカインのベースライン血清濃度を含む複数の潜在的な交絡因子で調整した後も、統計的に有意なままでした。
ターメリックのクルクミンが、カロリー制限模倣物質として抗老化カスケードを惹き起こし、炎症による老化を抑制するのなら、ターメリックの摂取は寿命を延ばすはずです。ターメリックの寿命延長効果をイランで実施されたコホート研究[16]で確認しましょう。イランは、多様な香辛料をふんだんに用いたペルシャ料理を伝統としているので、香辛料摂取の影響を知るには打って付けの調査対象です。
イランで40歳から75歳の4万人以上を11年間追跡したところ、ターメリック摂取者の非摂取者と比べた多変量調整済みハザード比は、
- 全原因死亡率で、0.90(95%信用区間:0.85~0.96)
- 心血管疾患死亡率で、0.91(95%信用区間:0.82~0.99)
- がん死亡率で、0.90(95%信用区間:0.79~1.04)
というように、全原因死亡率と心血管疾患死亡率で有意に1を下回りました。この二つは、三分位値での用量依存的な死亡率の低下も有意(ptrend=0.02)でした。
クルクミンが優れた抗炎症作用を有することは事実ですが、他方で、生体利用率が低いという欠点を抱えています。クルクミンは、水に溶けにくく、小腸でも吸収されにくく、吸収されても、化学的に安定せず、肝臓での代謝後速やかに排泄されてしまいます[17]。この欠点を克服するために併用すべき香辛料がコショウです。
2.2. コショウの健康効果
コショウ(胡椒)は、英語でペッパー(pepper)と言います。狭義のコショウは、コショウ科コショウ属の植物(Piper nigrum)またはその実、すなわち、ブラック・ペッパー(黒胡椒)、ホワイト・ペッパー(白胡椒)、グリーン・ペッパー(青胡椒)を指しますが、日本語のコショウも、英語のペッパーも、広義にはさまざまな香辛料を意味します。例えば、トウガラシは、英語では、チリ・ペッパー(chili pepper)と呼ばれ、ペッパーの一種として扱われます。日本でも広義のコショウとみなされることがあります。
胡椒は、中央アジア(胡)経由で中国や日本にもたらされたことから、胡のサンショウ(椒)という意味でそう名付けられました。当時は、サンショウと同じような香辛料という認識であったということです。なお、サンショウ(山椒)は英語では、ジャパニーズ・ペッパー(Japanese pepper)と呼ばれ、ペッパー扱いです。他方で、英語のペッパーの語源は、ヒハツを意味するサンスクリット語の “pippali” にあります。ヒハツは、現代の英語では、ロング・ペッパー(long pepper)と呼ばれ、日本語でもその直訳であるナガコショウが使われることがあります。このように、日本語のコショウも、英語のペッパーも、混乱と混同の歴史があるため、広い意味で使われるのです。
先ほど紹介したイランのコホート研究[16]も、ブラック・ペッパーとチリ・ペッパーを同じペッパーとして扱って集計しています。種類ごとのデータは残念ながらありません。ペッパー摂取者の非摂取者と比べた多変量調整済みハザード比は、
- 全原因死亡率で、0.91(95%信用区間:0.86~0.98)
- 心血管疾患死亡率で、0.95(95%信用区間:0.86~1.05)
- がん死亡率で、0.89(95%信用区間:0.78~1.02)
というように、全原因死亡率で有意に1を下回りました。三分位値での用量依存的な全原因死亡率の低下も有意(ptrend=0.02)でした。
チリ・ペッパー、すなわちトウガラシの健康効果は後で取り上げることにして、ここでは、「スパイスの王様」と呼ばれるほど世界的に好んで使われているブラック・ペッパーの健康効果に話を限定しましょう。
古来、ブラック・ペッパーは、食欲増進、血行促進、解熱、解毒、抗菌、防腐、防虫などの用途に使われてきました。こうした効果をもたらすブラック・ペッパーの主要な生理活性成分は、ピペリン(piperine)です。ピペリンは、ブラック・ペッパーの他、ホワイト・ペッパーやロング・ペッパーにも含まれていて、コショウ特有の辛さをTRPV1に知覚させます。ピペリンは、免疫調節作用、肝臓保護作用、抗酸化作用、抗腫瘍作用、抗転移作用などの生理作用を有することが動物実験や臨床試験により実証されています[18]。しかし、それら以上に注目されているピペリンの作用は、薬剤の代謝を妨害することで、薬剤の生体利用率を高める作用です。
2.3. クルクミンとピペリンの相乗効果
1998年のやや古いけれどもよく知られた研究[19]で、ヒトに2gのクルクミンをピペリン20mgとの併用で投与すると15分後から1時間後まで非常に高い濃度が得られ(1時間後でP<0.001)、単独投与と比べ、生体利用率は20倍になったと報告されています。
併用の効果は、イランのコホート研究[16]でも示されています。ターメリックとペッパーの消費量を相互に調整すると、全原因死亡率がどちらもわずかながら上昇しました。
- ターメリックの全原因死亡率:
- ペッパーで調整しないと、0.90(95%信用区間:0.85~0.96)
- ペッパーで調整すると、0.92(95%信用区間:0.85~0.99)
- ペッパーの全原因死亡率:
- ターメリックで調整しないと、0.91(95%信用区間:0.86~0.98)
- ターメリックで調整すると、0.94(95%信用区間:0.87~1.00)
- ターメリックとペッパーの併用:
- 全原因死亡率で、0.88(95%信用区間:0.82~0.94)
- 心血管疾患死亡率で、0.87(95%信用区間:0.79~0.96)
- がん死亡率で、0.91(95%信用区間:0.80~1.05)
ターメリックとペッパーの併用者に限定すると、限定しない場合と比べて、全原因死亡率も心血管疾患死亡率もともに低下します。がん死亡率は相変わらず有意に1を下回っていませんが、心血管疾患のリスクを低減するクルクミンの作用をピペリンが強化していることを観て取れます。
ターメリックとペッパーはどちらも辛いので、香辛料としても併用は効果的です。以下の写真は、私のランチの一例です。
ターメリックは、水に溶けないものの、油には溶けます。そこで、アボカドのくぼみに亜麻仁油をたらし、そこにターメリックとコショウを振りかけ、アボカドを取皿代わりにして、鶏肉やエビの味付けをしています。皆さんも日々の料理で、調味料の定番「塩・コショウ」を「ターメリック・コショウ」で置き換えてみてはどうでしょうか。
3. その他の代替候補
ターメリックとコショウ以外にも、優れた健康効果を持つ香辛料があります。トウガラシ、ガーリック、サフランです。それぞれ難点もあるのですが、選択肢を広げるためにも、より多くの代替候補を紹介することにします。
3.1. トウガラシの健康効果
トウガラシ(唐辛子)は、中南米原産のナス科トウガラシ属(Capsicum カプシクム)の一年草です。唐辛子の「唐」は中国ではなくて、外国という意味で、実際には慶長年間にヨーロッパ人によって日本にもたらされたので、南蛮辛子とも呼ばれました。慶長の役の時に日本から朝鮮半島に伝わり、その後キムチの材料として使われるようになりました[20]。トウガラシの果実は、以下の写真に見られるように、細長くくちばし状で、秋に深紅色に熟します。
コショウの辛味成分がピペリンであるのに対して、トウガラシの辛味成分はカプサイシン(capsaicin)です。カプサイシンは、TRPV1を刺激し、AMPKを活性化することで、インスリン感受性を高め、炎症を抑えるなどメタボリック症候群の改善に寄与します[21]。
2022年にトウガラシの健康効果に関する四本のコホート研究をまとめたメタアナリシス[22]が発表されました。その結果によると、トウガラシを全くもしくはほとんど摂取しない群と比べた週に1回以上摂取する群の多変量調整済みハザード比は、
- 全原因死亡率で、0.87(95%信用区間:0.85~0.90)
- 心血管死亡率で、0.89(95%信用区間:0.85~0.93)
- がん死亡率で、0.92(95%信用区間:0.88~0.97)
というように、いずれも有意に1を下回りました。トウガラシも非常に有力な食塩代替香辛料と言えます。ターメリックやコショウ以上と言ってよいでしょう。
トウガラシは、四川料理、朝鮮料理、タイ料理などでふんだんに使われていますが、和食にはあまり取り入れられていません。トウガラシはあまりにも辛くて、日本人にはなかなかなじめないからなのでしょう。そんな日本人でも比較的食べやすくてお薦めのトウガラシ料理が、ペペロンチーノです。
ペペロンチーノ(peperoncino)はイタリア語でトウガラシを意味します。この料理の正確な名称は、スパゲッティ・アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ(Spaghetti aglio, olio e peperoncino)で、ニンニクと油(オリーブ・オイル)とトウガラシのスパゲッティという意味です。イタリアでは、質素な家庭料理という位置付けですが、日本のレストランでは、時には野菜類や魚介類などの具まで加えているので、人気の定番となっています。「糖質制限よりも糖質選別」でも指摘したとおり、スパゲッティ(特に全粒)は低GI/低GLで、血糖値を上げません。トウガラシとともに用いられるニンニクも、次に述べるように、香辛料として健康的です。
3.2. ガーリックの健康効果
ガーリック(garlic)は、ニンニク(学名:Allium sativum L.)を意味する英語ですが、日本では、ニンニクの乾燥した鱗茎の粉末を意味する言葉としても使われます。
ニンニクは、かつて米国のデザイナー・フーズ計画において、最もがん予防に有効とされた食品でした。今でも、トップかどうかは別として、抗がん作用のある食品として認識されています。ニンニクに含まれるアリシンは、細胞質p53、PI3K/mTORシグナル経路、Bcl-2のレベルを低下させ、AMPK/TSC2およびBeclin-1シグナル経路の発現を増加させることで、がん細胞を死滅させるオートファジーを活性化させているとする研究[23]もあります。
ニンニクのどの成分がどのような働きをしているかに関しては、いろいろな説があるのですが、ここでは理論的な話への深入りを避け、ニンニクの健康効果をコホート研究で確認しましょう。9万2505人年のフォローアップした中国でのコホート研究[24]によると、ニンニクをほとんど食べない参加者と比較した多変量調整済み全原因死亡率のハザード比は、
- 週に1~4回食べる参加者で、0.92(95%信用区間:0.89~0.94)
- 週に5回以上食べる参加者で、0.89(95%信用区間:0.85~0.92)
というように、いずれも有意に1を下回りました。この研究はまた、ニンニク摂取の頻度による60歳以降の生存年数をも比較しています。以下のグラフは、週に5回以上食べる参加者(青色)、週に1~4回食べる参加者(緑色)、ほとんど食べない参加者(赤色)の60歳以降の生存確率をプロットしています。点線で示された生存期間の中央値はそれぞれ3.7年、2.9年、2.8年で、ニンニクの摂取は有意に生存期間を延ばしています。
ニンニクが含む成分(アリシン、アリイン、ジアリルスルフィド、ジアリルトリスルフィド、アホエン、S-アリル-システインなど)は、抗酸化作用、抗炎症作用、抗菌作用、免疫調節作用、心臓血管保護作用、抗がん作用、肝臓保護作用、消化器保護作用、抗糖尿病作用、抗肥満作用、神経保護作用、腎臓保護作用を示すことが多くの研究によって示されています[25]。
ニンニクに含まれるアリインは、アリルメチルスルフィドとなって、口臭の悪化の原因となります。それでも、ニンニク臭さは、3時間もすれば気にならない程度になるので、息が臭くなるという問題は、外出前でない時を選んで摂取すれば克服できる欠陥です。
3.3. サフランの健康効果
サフラン(saffron)はアヤメ科クロッカス属の多年草で、その赤いめしべが香辛料として使用されています。
サフランのめしべは、クロシン(crocin)、ピクロクロシン(picrocrocin)、サフラナール(safranal)、クロセチン(crocetin)といった生理活性のある成分を含んでいます。
このうち、クロシンとクロセチンには抗うつ作用があります。23本のランダム化比較試験をまとめた2019年のメタアナリシス[26]によると、プラセボと比較したサフラン摂取の効果量(Hedges’ g)は、
- 抑うつ症状で、g=0.99(95%信用区間:0.61~1.37, P < 0.001)
- 不安症状で、g=0.95(95%信用区間:0.27~1.63, P < 0.006)
と大きな正の効果量を示しました。これは、既存の抗うつ薬と大差のない結果です。
サフランは、うつ病だけでなく、不眠にも効きます。睡眠障害を自己申告する18歳から70歳の健康な成人63人を対象とした2020年の二重盲検ランダム化比較試験[27]によると、サフラン摂取群は、プラセボ群と比較して、不眠症重症度指数(ISI)のトータルスコア(P = 0.017)、回復期睡眠質問票(RSQ)のトータルスコア(P = 0.029)、ピッツバーグ睡眠質問票(PSD)による睡眠の質評価(P = 0.014)において有意な改善を示したとのことです。
サフランのクロセチンには、一酸化窒素産生によって血圧を降下させる効果もあります[28]。2021年のメタアナリシス[29]によると、サフランが抗酸化作用をヒトに及ぼすことも確認されていて、この点でも動脈硬化を防ぐと考えられています。
8本のランダム化比較試験をまとめたメタアナリシス[30]によると、サフラン摂取群のプラセボ群との加重平均差は、
- 収縮期血圧で、-0.65 mmHg(95%信用区間:-1.12 ~ -0.18 mmHg, p = 0.006)
- 拡張期血圧で、-1.23 mmHg(95%信用区間:-1.64 ~ -0.81 mmHg, p < 0.001)
といずれも有意に負となりました。
では、サフランには死亡率を低下させるほどの効果まであるのでしょうか。サフランの世界最大の生産国はイランということもあって、これまで取り上げてきたイランのコホート研究[16]も、サフラン摂取の効果を調べています。サフラン摂取者の非摂取者と比べた多変量調整済みハザード比は、
- 全原因死亡率で、0.85(95%信用区間:0.77~0.94)
- 心血管疾患死亡率で、0.79(95%信用区間:0.68~0.92)
- がん死亡率で、0.99(95%信用区間:0.81~1.22)
というように、全原因死亡率と心血管疾患死亡率で有意に1を下回りました。
サフランは香りがよく、料理を黄金色に染め上げる素晴らしい香辛料ですが、短所は値段が高いことです。もとより一回の料理に使用するサフランの量はごく微量なので、庶民に手が届かないほど高価ということもありません。伝統的に、スペインのバレンシア地方の郷土料理であるパエリア、フランスのプロヴァンス地方の料理であるブイヤベース、イタリアのミラノ風リゾットなどに使われています。
これらの料理を食べる時には、サフランで贅沢を楽しむのもよいでしょう。
最後に結論をまとめましょう。精製食塩の過剰摂取は死亡率を高めるので、どうしても塩味が必要なら、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩が混入した減塩塩を使った方が良い。代替的な香辛料としては、ターメリックとコショウがお薦めです。トウガラシは辛すぎる、ガーリックは口臭を悪化させる、サフランは高価すぎるといった問題があるにしても、ターメリックとコショウに勝るとも劣らぬ健康効果があるので、多様な香辛料を用いて、料理に彩を添えてください。
4. 動画による要点のまとめ
5. 参照情報
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- ↑ 日本人の食事摂取基準策定検討会「日本人の食事摂取基準」2020年版. 厚生労働省.
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- ↑ それゆえ、当時、朝鮮では、「倭芥子」と呼ばれました。中嶋一恵は、「唐辛子は日本から韓国に伝わってきた!?」(Excite ニュース, 2011年04月27日)というコラムの中で、「1433年の文献『郷薬集成方』と1460年の文献『食療纂要』にコチュジャンを意味する“椒醤”という単語が出てきて、古文献を見ると多数“椒”という漢字にハングルで“コチョ(コチュ=唐辛子)”と明記されて」いることを根拠に、韓国起源説が有力と言っていますが、コロンブスが唐辛子を発見する前の文献に出てくる以上、名前は同じでも実体は今の唐辛子とは別物とみなすべきです。なお、唐辛子は東日本には伝わらなかったので、朝鮮から逆輸入され、南蛮辛子と呼ばれましたが、それが韓国起源説を正当化することはありません。
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