【マインドフルネススペシャリスト監修記事】
マインドフルネスには、心を安定させ、集中力を高める効果があることがわかっています。
その応用範囲は、精神疾患の治療だけではなく、ビジネスに携わる方々の能力開発など、広く活用されるようになりました。
近年、わが国でも瞑想法とともにで紹介されたことにより、マインドフルネスという語をご存知の方々もおられると思います。
『マインドフルネスとは何か』ということを一言で表現するならば、それは『ただ、今という瞬間に、目の前のことに集中する状態』のことです。
マインドフルネス瞑想の効果
まず『なぜ瞑想で心が安定し、集中力が高まるのか』ということについて説明します。
瞑想の時間を習慣にすると、雑念を手放すことができます。そのため、脳の疲労が減るのです。
瞑想によって手放すことができる雑念には、いわゆる心の傷(トラウマ)も含まれます。
心の傷は、過去のつらい体験からくる、ネガティブな雑念がもととなって形成されます。もしも、心の傷を抱えすぎてしまうならば、その傷は、ストレスとなって、私たちを苦しめます。
極端な場合には、うつ病などといった精神疾患の原因となることさえあります。
たとえ、ネガティブな雑念が湧いてきても、すぐに集中状態に戻ることができるようにするためのトレーニングとして、瞑想は、効果的です。
瞑想中に雑念が湧いてきたときには『気づく』『手放す』『集中する』という流れで対処することが有効です。
まず、雑念がある、ということに気づいたならば、それを受け入れて、手放します。
禅では、このとき、川が流れている様子をイメージします。雑念をその川に流すことをイメージすると、手放しやすくなります。
マインドフルネスの効果は、心理学だけではなく、神経科学でも証明されています。
第一に、マインドフルネスを実践しているときの脳は、注意をつかさどる前部帯状回皮質(ACC)や、情動を調整する前頭前野が活性化します。
このはたらきによって、自己を一歩引いたかかわり方で見ること(脱中心化)ができるようになります。『脱中心化』は、仏教で『無我』と表現される状態と同じです。
また、人間の脳は、注意が散漫なときには、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)の活動が不安定となっています。
DMNというのは、雑念や空想などといったことを統括する、神経ネットワークです。
ヘイセンキャンプという研究者は、脳の画像診断法によって、マインドフルネスの実践がDMNの活動を統合する効果がある、ということを突き止めました。
『今という瞬間に、目の前のことに集中する状態』をつくることにより、集中力だけではなく、創造力や幸福感も高まります。
事実として、人は目の前のことに集中しているときには幸福感が上がる、という統計があります。そのような集中状態を意図的につくるために、瞑想は、効果がある方法です。
瞑想のほかにも、ヨガや、軽い運動を取り入れることもあります。
そして、心の集中状態をわがものとしたならば、その集中力を普段の生活や、仕事にも応用することができます。
瞑想は、簡単にできる
マインドフルネス関連の理論では、道元が説いた『只管打坐』『修証一致』という思想が挙げられることが多いです。
『只管打坐』というのは、ただ坐禅を組むことに集中する、という意味です。
『修証一致』というのは、集中状態をつくることを目指すのではなく、坐禅を組んでいるありのままの姿がマインドフルな状態である、という意味です。
どちらも、気張った努力をすることなく、よけいな力を抜いて、瞑想する時間をつくるならば、簡単に実践できることです。
また、だれでも簡単に実践できる、ということは、お寺のお坊さんではないわれわれにとって、取り組みやすい、ということでもあります。
ただ、毎日十五分程度、目の前のことに集中できる時間をつくるだけでよいのです。
瞑想といえば、やはり、坐禅を連想する方々が多いと思います。坐禅は、マインドフルネス瞑想のうちでは、中心となる瞑想法であることは、確かなことです。
しかし、マインドフルネスで方法化されている瞑想は、坐禅だけではありません。
また、最終的には、日常生活のあらゆる動作を瞑想のように、今という瞬間に集中しておこなう、ということができるようになることがベストです。
あらゆる瞬間に注意を集中し、心が乱れない状態を保つようにすることが、マインドフルネスのほんとうの目的です。
『マインドフルネス=瞑想』ではない
マインドフルネスが何を意味するか、ということについて、よく誤解されることがあります。それは「マインドフルネスとは瞑想法のことだ」という誤解です。
もちろん、それは、瞑想を主眼としたものであるといえます。ただし、ここでいう瞑想は、すでに東洋で確立された禅の修行法を、心理学で解釈したものです。
マインドフルネスというのは、瞑想という方法をさす語ではありません。瞑想は、マインドフルな状態をつくるための訓練なのです。
マインドフルネスの歴史
禅仏教とマインドフルネスとのあいだには、密接な関係があります。
紀元前5世紀頃、インドで仏教の開祖となったブッダが、最初の説法で説いた教えの一つが『正しく意識すること(正念)』でした。この『正念』が、欧米では『Mindfulness』と訳されたのです。
19世紀以降、欧米では心理学が急速に発達しました。西洋の心理学者の中には、東洋思想に注目した人々もいました。
彼らは『Mindfulness』を精神疾患の治療に役立てるために、仏教の僧侶から学んだ修行法を研究に取り入れたのです。
つまり、東洋の修行法が、西洋の心理学や神経科学で、実際に心を安定させ、集中力を向上させたりする効果があることが証明されたのです。
アメリカでは、いくつもの有名企業が、能力開発のために、瞑想プログラムを組んでいます。つまり、ビジネスの分野で瞑想が活用される時代となりました。
たとえば、スティーブ・ジョブズが日本人の禅僧に入門していたことは、よく知られています。このことが、マインドフルネスに注目する人々が増えた契機となりました。
自分でできる瞑想法
この文章では、実際の瞑想会やワークショップなどで実践されている、主要な瞑想法を紹介します。基本的には、一人でいるときにもできる方法が多いです。
しかし、本格的に指導を受けたい場合は、瞑想会などといった各種イベントや、マインドフルネス講座を探してみるとよいです。
日常生活の動作でマインドフルネスを応用する方法も、後述します。
①呼吸瞑想
五分から十分くらいで集中力を高めたいときや、坐禅の効果を高めたいときに、呼吸に注意を集中させます。
やり方は、マインドフルネス瞑想のうちでは、もっとも簡単です。
まず、背筋を伸ばして椅子に座ります。このとき、頭頂部から一本の糸で引っ張られているように姿勢を整えます。手は、膝の上に置いて、手のひらを上に向けます。
そして、ただ、吐く息と吸う息だけに意識を向けます。呼吸は、普段どおりの呼吸でおこないます。
②静座瞑想(坐禅)
マインドフルネスでは『坐禅』ではなく『静坐瞑想』という用語を使う場合が多いです。
静座瞑想では、呼吸は、吐くほうの息の長さを、長めにします。反対に、吸うときには、短めにします。この呼吸を、同じペースで繰り返すことができるようにします。
呼吸を整えることには、自律神経を整える効果があります。
そして、雑念が湧いてきたときには『気づく』『手放す』『集中する』の順番で、雑念から解放されるようにイメージします。
坐禅には坐禅の座り方、姿勢というものがあります。姿勢は、お寺の宗派などによって若干の違いはありますが、基本的にはほとんど同じです。いずれも、ブッダが実践していた修行法を受け継いでいるのです。
静座瞑想における足の組み方には、二種類あります。
第一に、右の腿の上に左足を乗せて、その後左の腿の上に右足を乗せる座り方です。これを結跏趺坐といいます。
第二に、右の腿の上に左足を乗せるだけで、もう片方は胡座のようにする座り方もあります。これを、半跏趺坐といいます。結跏趺坐に慣れていない方々には、こちらの方が楽です。
ただし、これらの座り方は、初心者にはやりにくいため、お寺の瞑想会では、胡座を勧めていることもあります。
終了後は、ゆっくりと歩いて足の血流を促し、痺れを解消します。
③マインドフル・ウォーキング(経行)
歩く動作に注意を向ける瞑想が、マインドフル・ウォーキングです。禅寺における修行では、坐禅をする時間の合間におこないます。
静座瞑想の部分で述べたとおり、長時間の坐禅による足の痺れを解消する必要があります。
歩きながら、その一歩一歩の足の動きや、その感覚に注意を向けるマインドフル・ウォーキングは、座っておこなう坐禅から離れて、疲労を解消する効果もあります。
④ボディー・スキャン
ボディー・スキャンは、左足の指から順番に、足の甲、かかと、足首、脛、ひざ、脚といった身体の各部位に注意を向ける瞑想です。
右足も、同じ順番で注意を向けたあとは、さらに、腰、胴体、背中、胸、肩、両腕、首、顔へ、続けておこないます。
ボディー・スキャンの目的は、思考から離れて、普段は意識していないような、身体からのメッセージを受け取る、ということです。
⑤マインドフル・イーティング(食べる瞑想)
マインドフル・イーティングでは、食事の動作を瞑想として利用します。その過程を、一粒のレーズンを食べる動作で説明しましょう。
レーズンを観察して、指でつまんだ感触や、色、香りなどに注意を向けてから、唇に乗せて、ゆっくりとかみます。
食べているときの味や、口の中のレーズンの感触を意識したあとの、飲み込む動作も意識します。
このように、食べるものに意識を向けるときには、そうでない食事にくらべて、同じ量でも、満足感や満腹感が大きいのです。
食べものならば、どのようなものでも、マインドフル・イーティングを実践できます。
日常生活の動作を瞑想とする方法
先ほど述べたとおり、マインドフルネスは、最終的には、日常生活のあらゆる動作を、瞑想のように、集中力をもっておこなうことが理想です。
食べる動作を瞑想とすることと同じように、そのほかの動作も、目の前のことに集中できるようなことならば、瞑想のように実践することができます。
仏教では、このことを『行住座臥』とよびます。瞑想とする動作として、一つの動作を繰り返すようなことをおすすめします。
たとえば、食器洗いなどといった日常動作は、単純なことの繰り返しであるため、集中状態に入ることができれば、すぐに慣れます。
また、仕事の中でも、すぐに集中状態をつくることができるような作業があるならば、それは、瞑想となります。
『行住座臥』ということは、つまり、歩いているときでも、座っているときでも、その一つひとつに意識を向ける生活です。
まとめ
マインドフルネスで推奨されている瞑想法には、すでに述べたようなものを含めて、さまざまな方法があります。
しかし、それらのすべてを習慣としなければならない、というわけではありません。
精神疾患の治療では、認知行動療法とマインドフルネスを組み合わせながら、瞑想プログラムを増やしていくこともありますけれども、治療目的ではなく、ただ心身の調子を整えることが目的ならば、一日ごとにいずれか一つをおこなうだけでも十分です。
とくに、初心者は、五分間の呼吸瞑想を毎日続けるだけでも、心の安定を感じることができます。
マインドフルネス瞑想には、初心者のほうが効果があらわれやすい、というデータもあります。
瞑想に慣れた方々も、できるかぎり、はじめて瞑想をするような気持ちで取り組むことが推奨されています。
また、もしも瞑想をしなかった日があったとしても、できなかった自分を責めるようなことは不要です。
マインドフルネスは瞑想そのものではなく、目の前のことに集中することです。だから、瞑想でなくても、その日、目の前のことに集中できるようなことをしたならば、それでよいのです。
現代は、情報過多などによるストレスを受けやすい時代です。そのような社会でも、毎日、自己を見失わずに生きていくためには、自分の心に意識を向ける時間をつくることが必要となります。
読者の皆様が、ストレスに負けず、今という瞬間を生きる心をつくるために、マインドフルネスを活用してくだされば幸いです。
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