PR
Laimana(ライマナ) - Lei Collinsを解説【曲・ハワイアンソング解説】

Laimana(ライマナ) – Lei Collinsを解説【曲・ハワイアンソング解説】和訳/歌詞

今日はLaimana(ライマナ)というハワイアンソングについて書いてみたいと思います。

この曲が作られたのは1950年代後半、今から60数年前です。(2023年現在)

それでは、この楽曲のストーリーや背景を一緒に探求していきましょう。

Laimanaとはなにか

‘Ike aku i ka nani
Ka home a’o Laimana…
何という美しさでしょう ライマナの家

歌のタイトル、「Laimana」(ライマナ)とは、遥か1832年、ニューイングランドから遠くハワイ島ヒロまで足を運んできたDavid Belden Lyman牧師(1803-1884)のことを指します。

David Belden Lyman
ハワイアン・ミッション子供協会が発行, パブリック ドメイン, via Wikimedia Commons

デイビッド・ベルデン・ライマン(David Belden Lyman)は、18世紀のアメリカの宣教師、教育者、政治家でした。彼はハワイ王国で長く活動し、ハワイの文化と教育の発展に貢献しました。

ライマンに関する情報は、ウィキペディアの「David Belden Lyman」の記事で入手しました。ライマンの写真は、ウィキペディアの記事内に掲載されています。詳細な情報と写真は、上記のウィキペディアの記事を参照してください。

英語名のLaymanライマンをハワイ語読みしたものが、ライマナとなるのです。

ライマン牧師について

新婚早々、ライマン牧師と彼の奥さんは、ハワイの大地に足を踏み入れました。

その後、二人は一度も故郷に戻ることなく、7人の子どもたちをハワイで育て、その生涯をハワイの地で送ったと言われています。

Home kau i ka nu’u
Home piha hau’oli
Home piha hau’oli
見上げた先に建てられています
しあわせに満たされた家
しあわせに満たされた家

ライマン牧師自身もハワイ語やハワイの文化に深く親しむ一方で、子どもたちが多様な知識を身につけ、自立した職業人となるべく、教育の機会を提供する学校を作ることに情熱を傾けていました。

その結果、多くの困難を乗り越えながら、彼と彼の奥さんの影響はハワイ全島に広がり、教育を通じて人々を育て上げる偉大な業績を達成しました。

現在のハワイの学校教育の根底には、ライマン牧師の手があったとされています。

もちろん、当時の学校は入学の条件や授業内容などが厳格であったようですが、そこからは多くの優れたリーダーが生まれ、その信頼はとても厚かったようです。

学校は、教会や学生寮と共に、当時はほとんど見られなかった「土地への訪問者の一時的な宿泊施設」としてもその一部を開放していたそうです。

またヒロにあるライマン博物館&ミッションハウスにはライマン一家が生活していた当時の部屋の様子が細部まで美しく再現されています。

デビッド&サラ・ライマン夫妻が住んだミッションハウス
デビッド&サラ・ライマン夫妻が住んだミッションハウス
W Nowicki, CC BY 3.0 https://creativecommons.org/licenses/by/3.0, via Wikimedia Commons

因みに当時ライマン牧師の為に建てられたミッションハウスは現在ではとても貴重なコアやオヒアの木で造られており国家歴史建造物に指定されています。

Nanea me na hoaloha
Ma ka lihi kai a’o kona
No kona ke kai malino
No hualalai kou makua
No hualalai kou makua
仲間たちが寛いでいます
コナの海の眺めて
コナの海は穏やか
そしてフアラライ(山)に見守られている
そしてフアラライ(山)に見守られている

「穏やかなコナの海」という歌詞に心の平和が反映されているように感じますね。

ハワイ島のヒロサイドとコナサイドとでは気候がガラっと違ったりしますが、コナはヒロに比べて雨が少なく晴れていることが多いです。

そして、フアラライというのは山の名前です。

Hualālai 1996

コナの中心地から空を見上げると、そこには「フアラライ」が静かにそびえ立っています。「フアラライ」、それは「恥ずかしがり屋」という意味を持ちます。

それは、北東から吹き寄せる風、ヴォグ(※)が常に山を覆ってしまうから。「顔を見せない恥ずかしがり屋」の山、そんなイメージがふさわしいでしょう。

※ヴォグとはキラウエア火山から吹き上がる煙と二酸化炭素が作り出す霧のようなもの。季節風に乗ってちょうどフアラライ山あたりで霧と混ざり、大気が真っ白になる。

曲中にコナが登場する理由

さて、なぜこの歌詞の中にコナという地域名が登場するのでしょうか。

それは、ライマン一家が後にハワイ島ヒロからコナへと移り住んだからです。

1851年には、一家は正式にハワイの市民となり、ハワイがアメリカに併合されることにも反対したという記録が残されています。彼らの息子の一人が王族と結婚したことで、ライマン一家とハワイとの絆は一層深まったと言えるでしょう。

ライマン牧師の子どもたち夫婦がコナの歴史的な地、Holualoa bay近くに家を建てたことがきっかけで、当時のHulihe’e宮殿(現在は博物館)のキューレーターをしていたLei Collins氏(1913-1999)との長い友情が芽生え、この美しい曲が生まれたと言われています。ハワイアンラヴソングの名曲Ke Alohaの作者としても広く知れ渡る著名な音楽家です。

He kohu kula kaimana
Alohi nei i ka la Uaohu oe a kupaa
Na keiki aloha o kaaina
Na keiki aloha o kaaina
この場所はダイヤモンドのよう
陽の光を浴びて輝く
いつでもあなたは誠実でした
この地の愛すべき子どもたち
この地の愛すべき子どもたち

その家は、歓びと暖かさ、誠実さに溢れ、輝くダイヤモンドのようであると描かれています。

ライマン牧師一家のハワイの地での生活、人々への貢献は、ダイヤモンドのよう、またそれ以上に価値のあるものだという解釈も出来ます。

E o mai kou inoa
Ka home ao Laimana Home kau i ka nuu
Home piha hauoli Home piha hauoli
応えてください
あなたの名前を呼んでいます
ライマンの家
見上げた先に建てられています
しあわせに満ちた家
しあわせに満ちた家

おわりに

私が一番最初にLaimanaを習ったのは20年近く前になりますが、最初にこの楽曲を耳にしたのはもう少し前でした。

初めてこの曲を聴いた時、軽快なメロディーがとても心地良く、美しく晴れ渡る青空の下、穏やかなコナの海が眼前に広がるような気持ちにさせてくれたのを今でも鮮明に覚えています。

Keiki(子ども)からKupuna迄幅広い年代で踊れる楽曲でもあり永く愛されているハワイアンソングの一つです。

Lei Collinsのひ孫が在籍してるバンドがある!「Ka Leo Sakura」の初アルバムに「Laimana」も収録

Ka Leo Sakuraに在籍しているNick Masagatani(ニックマサガタニ)は、ハワイアンソングの名曲「ライマナ」を作詞作曲したLei Collins氏のひ孫で、同アルバムのLaimana、Ke Alohaではリードボーカルを努めています。

古き佳きハワイアンミュージックの黄金期を彷彿とさせるような歌唱法に加え若々しさも感じさせる柔らかなファルセットは必聴です。

Ka Leo SakuraのSakura Kau Mai I LunaというアルバムにLaimanaも収録されています。

▶Sakura Kau Mai I Lunaの購入はこちら【枚数限定】

コメント