SPIRITUAL REBIRTH PROJECT 連載企画 第27回 チャクラ 再生 ⑦ (+ツインレイ再生 特別編)

SPIRITUAL REBIRTH PROJECT 連載企画 第27回 チャクラ 再生 ⑦ (+ツインレイ再生 特別編)

YOKU STUDIO による連載企画、SPIRITUAL REBIRTH PROJECT。

今回は、これまで第6回にわたってお届けしてきた「チャクラ 再生」シリーズを、一つ前の「ツインレイ 再生」シリーズと絡めて総括する、特別編です!

前回は、アセンションの行程において、チャクラは、徐々に自他をつなぐコードの出発点としての役目を終え、有色から透明になっていくのではないか、というお話をしました。

バーバラ・アン・ブレナンが語る、ある個人と、その外部の他者をつなぎ合わせるものとしてコード、そしてその出発点としての「チャクラ」。

それは、あくまで自他が分離した状態だからこそ、両者をつなぎ合わせる上で必要になるものです。

だから、YOKU STUDIO では、そのコードおよび「チャクラ」は、各個人がその潜在意識に持つ、感情や思考・価値観などの「癖」(地球上に生まれ出る際に自ら選んだ魂のシナリオとしての、地球的周波数、分離的周波数など)と深く関係しているのではないか、と考えているのです。

自らの他者に対して持っている解釈の「癖」をどんどん手放していって、ありのままに他者を受け入れられるようなマインドになること。

つまり、自他を結ぶコードを手放し、その出発点としてのチャクラが無効化し透明になった状態、つまり自他のエネルギーが「分離」せずに溶け合っている状態にいたること。

それこそが、「アセンション」のプロセスなのではないでしょうか?

以上が理論的な枠組みなのですが、ちょっとお話が抽象的なので、実感が持ちにくいな…という方も多いと思います。

そこで今回は、具体的な人間関係、特にパートナーシップを例にとり、分かりやすく解説したていきます!

また、アセンション期におけるパートナーシップを考える上で重要になってくるのは、魂レベルでつながりあった究極のパートナーとしての「ツインレイ」という存在、だと思います。

「アセンション」のプロセスにおいて、他者との関係は、なぜ大切なのか?

「アセンション」した個人の、他者との関係は、どのようなものになるのか?

このような問いは、「ツインレイ」という存在の意義にも、かなり大きく関わってくるものだからです。

今回のテーマは、「チャクラ」そして「ツインレイ」というトピックを通して見えてくる、「アセンション」期における人間関係(特にパートナーシップ)のあり方の再定義です!

翔哉
執筆者

スピリチュアルカウンセラー。YOKU STUDIO 代表、ナチュラルプラネット(下北沢のカウンセリングサロン)オーナー。豊富なカウンセリング・指導経験を生かして、スピリチュアルを理論的・実践的に捉え直し、日常生活に根ざしたものにしていくために活動しています。

翔哉をフォローする

人間関係における挫折は、「アセンション」のきっかけ?

もし、自他をつなぐコードを手放し、チャクラを透明化させていくことが、「アセンション」のプロセスだとしたら。

「そもそも最初からコードがなければいい」、「他者と関係を結ぶことは必要ない」、「孤独こそ、スピリチュアル的成⻑への近道!」という結論に、短絡的に至ってしまう可能性もあるように思います。

でも実は、そんなことは決してないんです。

むしろ、特に「アセンション」のプロセスの初期段階においては、コードを伸ばして他者とつながるという経験が不可欠。

なぜなら、そもそも3次元の個の肉体を持っている私たちは、多かれ少なかれ、「分離」を前提とした潜在意識の「癖」を帯びて生まれてきているのであり、他者とのコミュニケーションを通してでしか、その自分の「癖」に気づくことができないからです。

たとえば、最近付き合いはじめたパートナーがいるとします。

もちろん相手のことは好きだし一緒にいて楽しいけれど、以前より距離が近くなった分だけ、相手の些細な言動とか挙動が気になったり、お互いの意見やペースが合わない部分が露呈したりすることってありますよね。

怒りや嫉妬、悲しみなど、ネガティブな感情に振り回されて、関係がうまく行かなくなってしまうこともあるかと思います。

その時、私たちは、相手との関係における挫折を、「相手との相性が悪いから」とか、「相手がひどい奴だから」とか、「自分が未熟だから」など、様々に理由づけしてしまいがちです。

けれどその挫折から見えてくるのは、実はシンプルに、私たち自身が持っている潜在意識の「癖」そのもの。

相手の特定の言動や行動、価値観などをストレスとして受け取ってしまう、ということ自体が、自分のなかでの他者の認知に、何らかのバイアスがあるということに気づくきっかけになるんです。

その「癖」に気づきさえすれば、それを手放していって、もっと楽に柔軟に、自分も他者も許容していくことができる状態、つまり「アセンション」した状態に近づくことができる、というわけです。

だからこそ、まず私たちにとっては、自分一人の殻に閉じこもるのではなく、他者との関係性を積極的に築くことが、「アセンション」への第一歩。

そこで目指されるべきことが、「がんばって相手と仲良くすること」ではなくて、「自分の『癖』に気づき、ストレスを感じることなく、相手をまるごと許容できるような状態へと変えていくこと」だ、というのは、注意すべき点です。

「アセンション」すると、自分も相手も同等に認められる

他者の認知における自分の「癖」というのは、まさに自他をつなぐコードと表裏一体です。

その「癖」=コードを手放して、「アセンション」した先にあるものは、自分も相手も同等に認められる状態。

エゴイスティックに相手を顧みないのでもなく、自己犠牲的に相手に迎合するのでもなく、自分と相手が、同じようにこの世界に存在し、生活を楽しんでいることを、自然に受け入れられる状態です。

それは、必ずしも物理的なパートナーシップ、つまり肉体的な欲望や感情性で深く結びつく関係や、一般的な「恋人」・「配偶者」と呼ばれる関係とイコールではありません。

つまり端的に言えば、自分と相手とがたとえ物理的には離れていたとしても、お互いの充実した生活を認め合える状態が、「アセンション」したパートナーシップだと考えられるんです。

「じゃあ、アセンションしたら恋人はできないの?」という心配になる方がいるかもしれませんが、そういうわけではありません。

一旦、「癖」=コードを手放して、「アセンション」した意識を獲得することができれば、その意識で他者とつながったまま、新たに相手との物理的な(しかし限りなく柔軟な)コードを築くこともできるはずなんです。

「アセンション」した意識での相手とのつながりを保ちつつ、そしてあくまでつながりの主体はそこに置きつつ、物理的なコードを再構築して結びつくこと。

それがある意味、「アセンション」した形の「運命の人」であり、究極のパートナーシップとしての「ツインレイ」の形と言えるのかもしれません。

「ツインレイ」言説を再評価する

「ツインレイ 再生」シリーズで解説したのは、アセンション期と呼ばれる今日においては、生まれる前から宿命的に定められた「運命の人」が存在するわけではなく、日常生活で出会う誰しもが「ツインレイ」になり得る、ということでした。

たしかに、「アセンション」にいたるまでの人間関係の学びのなかで出会うあらゆる他者、つまり自分の「癖」=コードを手放すきっかけになる相手は皆、「ツインレイ」になるポテンシャルがあります。

けれど、他者との関係のなかで自分の「癖」=コードに気づき、それを手放していく「アセンション」の行程は、恋愛感情が絡むほど、痛みが伴うことが多い。

相手との距離感が近かったり、好意を抱いたりしている場合、執着も生まれやすくなり、自分と相手の関係性を物理的に維持したいという思いが、コードを固定化してしまうからです。

たとえば、「相手を常に束縛していないと不安だ」という潜在意識の「癖」=コードを持っている場合、それを手放す時には、かなり勇気がいりますよね。

だから、相手への恋愛感情と、コードを固定化しておきたいという欲望が結びついて、「それをそのまま保持しておく」という方向へ、ずるずると流されてしまいやすいのです。

でもその固定化の欲望をあえて断ち切り、内省的に自分の「癖」=コードを見つめ、それを手放していくという選択が、相手との高次元的な魂のつながりを獲得するためには、必要になるわけです。

この「気づき」と「手放し」の行程は、一般的な「ツインレイ」言説における「サイレント期間」(相手と物理的に離れ離れになる期間)に重なり合うものだと、考えることもできるのではないでしょうか。

つまり、「サイレント期間」を経て、相手への執着を無くした先に、究極のパートナーシップが生まれる、という、ポピュラーな「ツインレイ」の説明というのは、あながち間違いではないのです。

しかし、その「サイレント期間」を、いずれ来る再統合を引き寄せる手段として捉え、「相手と離れて寂しくても、またいつか必ず結ばれる日のために、耐えなくちゃ!」といった期待と共に過ごしてしまうと、それはさらに相手への執着を強める結果になってしまいます。

まずは、自分の「癖」=コードを手放し、チャクラが透明になった状態、つまり相手との実際の関係性がどのようなものであるかにかかわらず、自他をまるごと許容できるような状態にいたることが、重要なんです。

「手放し」の後、ある意味「生まれ変わった」ような自分で日々を生きるなかで、また偶然的に相手と出会ったならば、そこにはこれまでの「癖」=コードからは解放された形で相手と向き合い、新たに柔軟な関係性を築いていける可能性が広がっています。

潜在意識レベルの囚われから自由になって、新しく眼前に開けた無限の可能性に身を委ねるなかで、再び相手と出会い直し、親しい関係を築いていくという一つの可能性が、奇跡のように舞い降りること。

それこそがきっと、究極のパートナーである「ツインレイ」の「統合」が果たされた状態なんだと考えられるのです。

つまり、アセンション期における「ツインレイ」とは、自分と相手のエネルギーが高次元的に融合しながらも、限りなく透明に近い、けれどその時々に応じて色鮮やかにも輝ける(つまり、3次元的な関係性も取り持てる)コード、そして「チャクラ」によって結ばれた関係だ、と言えるのではないでしょうか。

他者との出会いのなかで、自分の「癖」=コードを手放し、「チャクラ」を透明化していく「アセンション」の過程の後、ふと偶発的に訪れる物理的な関係性の再構築の可能性を、大切に育てていった先にこそ、アセンション期における理想状態のパートナーシップとしての「ツインレイ」があるのだと思います。

いかがだったでしょうか?

他者と関係性を結ぶことが、私たちの意識がより自由で柔軟になることとしての「アセンション」と、どのように結びついているかが、「チャクラ」そして「ツインレイ」という概念の「再生」によって皆様に伝わったなら、とても嬉しいです。

さて、次週からは新シリーズ。
「再生」の対象とするのは「輪廻転生」です!お楽しみに。

コメント