SPIRITUAL REBIRTH PROJECT 連載企画 第29回 輪廻転⽣ 再⽣ ②

SPIRITUAL REBIRTH PROJECT 連載企画 第29回 輪廻転⽣ 再⽣ ②

YOKU STUDIO による連載企画、SPIRITUAL REBIRTH PROJECT。

今回は、「輪廻転⽣ 再⽣」シリーズの第2弾です!

前回は、⼀般的な「輪廻転⽣」のイメージを整理しながら、現代⼈にも「輪廻転⽣」の想像⼒が少なからず受け継がれている、ということをお話ししました。

時間・空間を超え、世界中でたくさんの⼈々に共有されている、「輪廻転⽣」という考え⽅。

けれどその歴史を辿ると、時代的・地理的に、その考え⽅に様々な違いがあるのも確かなのです。

「輪廻転⽣」(「⽣まれ変わり」)が、明確な宗教的・哲学的思想として定義された起源は、仏教が誕⽣する以前の古代インドにさかのぼります。

今回は、まず古代インド思想において「輪廻転⽣」がどのように考えられていたのかを、紐解いていこうと思います!

仏教が⽣まれる以前に説かれていた「輪廻転⽣」は、実は、私たち現代⼈が持つイメージと、かなり異なるものだったんです…!

翔哉
執筆者

スピリチュアルカウンセラー。YOKU STUDIO 代表、ナチュラルプラネット(下北沢のカウンセリングサロン)オーナー。豊富なカウンセリング・指導経験を生かして、スピリチュアルを理論的・実践的に捉え直し、日常生活に根ざしたものにしていくために活動しています。

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「教義」となった「輪廻転⽣

しかし、まず前提として述べておきたいのは、古代インドにおいて「輪廻転⽣」(「⽣まれ変わり」)の思想が⽂献としてまとめられる以前にも、それに類似した考え⽅⾃体は、世界各地に存在したということです。

前回記事でも参照した⽵倉史⼈⽒は、「⽣まれ変わり」=「主体としての〈私〉が⾁体的な死を経験した後に、別の⾝体を持って再⽣すること」として定義し、世界中に⾒られる「⽣まれ変わり」の思想は、以下の3類型に区分できると考えています。

① 再⽣型
② 輪廻型
③ リインカネーション型

(⽵倉史⼈『輪廻転⽣ 〈私〉をつなぐ⽣まれ変わりの物語』、講談社現代新書、2015 年、21-24 ⾴参照)

このなかでも、①再⽣型が歴史としてはもっとも古いと考えられ、各地で伝承されてきた⺠話・神話のなかに、それを⾒て取ることができます。

たとえば⽵倉⽒は、⻄アフリカとアラスカに居住する⺠族の伝承を分析しています。

⽂化⼈類学的にこれらの⼟着の伝説を調べていくと、様々な興味深い研究結果が浮かび上がってくるのですが、その多くは、亡くなった⼈の魂は⼀度死後の世界に⾏き、その後再び親族の⼀員として、新しい⾝体を持ってこの世に誕⽣する、といった、素朴な「⽣まれ変わり」の伝承とのこと。

冬を迎えてすっかり葉を落とした樹⽊が、春になると⽣き⽣きとした新芽をつけるように、⼈間の魂も、⾃然のサイクルとして不断に循環し続ける、という考えが、それらの伝承のベースにあります。

しかし、このような「⽣まれ変わり」の伝承は、親族や集落といった限定されたごく⼩さい共同体内で共有されている死⽣観であり、それが⽂字化(記号化)され、共同体の外部へ伝達される、といった運動性を持つことはありませんでした。

そこでこの連載では、「⽣まれ変わり」の思想が⽂献化され、ある種の「教義」として広く共有されることになった古代インドから、考察をスタートしようと思います。

(ちなみに、③のリインカネーション型は、アラン・カルデックをはじめとする、近代スピリチュアリズムの思想に⾒られる「⽣まれ変わり」思想として定義されています。

近代スピリチュアリズム的「⽣まれ変わり」についての詳しい分析は、「輪廻転⽣ 再⽣」シリーズの中盤以降で⾏う予定です。

・ウパニシャッドにおける「五⽕」説〜循環する魂

「⽣まれ変わり」が「教義」として定説化されて⽰されたのは、古代インドの聖典・哲学書である「ウパニシャッド」においてでした。

「ウパニシャッド」とは、バラモン教およびヒンドゥー教の聖典の聖典である「ヴェーダ」に収められ、紀元前 5 世紀以前から⻑⼤な時間のなかで編纂されつづけてきた、様々な書物の総称。

数多くある「ウパニシャッド」のなかでも、最古層に位置するとされる『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』および『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』において、はじめてはっきりと、「輪廻」という「教義」が登場してくるんです。

それが、「五⽕・⼆道説」と呼ばれる理論です。

まず注⽬したいのは、「五⽕」説。

「天界(かなたの世界)」「⾬神」「⼤地」「男」「⼥」を、五つの祭⽕(祭祀で⽤いられる神聖な⽕)にたとえて、⼈間が死んでから新たな⾝体に宿り再⽣するまでの過程を説明したものです。

仏教・インド哲学研究者の服部正明⽒は、この「五⽕」説を以下のように解説しています。

⼈が死ぬとその⽣命である⽔は、⽕葬の煙となって天界に上昇し、(1)⽉に到る。⽉は⽔をたたえる容器で、それが満たされると、⽔は(2)⾬となって地上に降る。⽔をたたえた満⽉はこうして⽋けはじめるのである。地上に降った⽔は、草⽊に養分として吸収され、実って(3)⾷物となる。⾷物は⾷べられて(4)精⼦となり、⺟胎に⼊って(5)胎児となる。胎児は⽣まれ出てこの世に⽣存し、寿命が尽きると、⽕葬の煙となって天界へ赴くのである。⽔=⽣命は、この五段階を経て幾たびもこの世に再⽣するが、こうして⽣命が循環する過程を、祭儀神秘主義的に脚⾊して説いたのが五⽕説である。

(服部正明『古代インドの神秘思想 初期ウパニシャッドの世界』、2005 年、講談社学術⽂庫、211 ⾴)

⽔が⽕の熱によって蒸発し、ふたたび⾬となって地上にふりそそぎ、⽣物の⾝体をうるおすように、⼈間の魂も循環している、という考えが、「五⽕」説なわけですね。

たしかに、五つの段階を踏んで整然と説明されてはいますが、その内容⾃体はとても素朴。

死者の魂がたどる道筋を⾃然のサイクルとパラレルに考えている点でも、前述した⽵倉⽒の分類を参照するならば、「再⽣」型にも近いように思われます。

仏教をはじめとする、その後の宗教・神秘思想に⼤きく影響を与えた「輪廻」観として、より重視するべきは、もう⼀つの理論、「⼆道」説の⽅だと⾔えます。

「⼆道」説〜「輪廻」から逃れる「神道」の存在

『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』第5篇第 10 章には、このように綴られています。

⼀ さてかく知る者、並びに森林において信仰は苦⾏なりと信奉する者、彼らは〔⽕葬〕の焔に⼊る。焔より⽇に、⽇より⽉盈みつる半⽉に、⽉盈つる半⽉より太陽北の六箇⽉に、⼆ 〔太陽北⾏の六箇〕⽉より歳に、歳より太陽に、太陽より⽉に、⽉より電光に。そこにおいて⼈間ならざる者〔現れて〕、彼らを梵に導く。この道すなわち神道なり。
三 されど村落において祭祀・浄⾏を布施として信奉する者、彼らは煙に⼊る。煙より夜に、夜より後半⽉に、後半⽉より太陽南⾏の六箇⽉に。これらの者は歳に達せず。
四 〔太陽南⾏の六箇〕⽉より祖霊の世界に、祖霊の世界より虚空に、虚空より⽉に。…

(「チャーンドーギヤ・ウパニシャッド 第5篇」(辻直四郎『ウパニシャッド』所収、1990 年、講談社学術⽂庫、201-209 ⾴)、206-207 ⾴。)

⽂語的な訳もあいまって、なかなか分かりづらいかと思うのですが…。

重要なのはここで、死者の魂がたどる道筋として、「神道」と「祖道」という 2 つのルートが想定されていることなんです!

「祖道」というのは、引⽤の三および四にあるように、「祖霊(先祖の霊)の世界」におもむくルート。

ほとんどの、いわゆる「普通の⼈」は、幾度もこのルートを辿ることになります。この循環が、「輪廻」です。

彼らは「五⽕説」に⽰されたような、循環的経路を通って、ふたたびこの世界に⾁体を持って舞い戻ることになる。

けれど、⼈⾥離れて苦⾏するような、特別に信仰⼼のあつい⼈物は、それとは別のルートをたどることになると⾔うのです。

それが「神道」。

引⽤の⼀および⼆にあるように、彼らは⼈間ではない不死の存在がいる世界におもむき、「梵」、すなわち、宇宙の最⾼原理である「プラフマン」と⼀体化するのであって、もう現世に戻ることはありません。

この「⼆道説」の背景にあるのは、ある種の修⾏によって、特権的に「輪廻」から逃れることを理想とする考え⽅です。

現世の⽣は苦しみであり、その繰り返しを断ち切ることこそ、⼈間が⽬指すべきゴールなのだという観点に⽴ったこの思想は、ブッダにも⼤きく影響を与えました。

次回は、この「⼆道」説の背景をもう少し詳しく深ぼりし、それを独⾃に理論として発展させることで成⽴した、仏教の「輪廻」観に迫ります!

修⾏によって「輪廻」から逃れることの重要性が、「教義」化した功罪とは?

お楽しみに!

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